1975年アルゼンチングランプリ
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| レース詳細 | |||
|---|---|---|---|
|
| |||
| 日程 | 1975年シーズン第1戦 | ||
| 決勝開催日 | 1月12日 | ||
| 開催地 |
ブエノスアイレス・サーキット | ||
| コース長 | 5.968 km (3.708 mi) | ||
| レース距離 | 53周 320.665 km (199.252 mi) | ||
| 決勝日天候 | 晴(ドライ)[1] | ||
| ポールポジション | |||
| ドライバー | |||
| タイム | 1:49.21[W 1] | ||
| ファステストラップ | |||
| ドライバー |
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| タイム | 1:50.91(34周目)[W 2] | ||
| 決勝順位 | |||
| 優勝 |
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| 2位 | |||
| 3位 | |||
1975年アルゼンチングランプリ(1975ねんアルゼンチングランプリ、英: 1975 Argentine Grand Prix、正式名称: XII Gran Premio de la Republica Argentina)は、1975年のF1世界選手権の開幕戦として、1975年1月12日にブエノスアイレス・サーキットで開催された自動車レース(アルゼンチングランプリ)。
レースは53周で行われ、2番手グリッドからスタートしたマクラーレンのエマーソン・フィッティパルディが優勝した。ヘスケスのジェームス・ハントが2位、ブラバムのカルロス・ロイテマンが3位となった。
エントリー
前年のコンストラクターズランキング順に記載するが、ドライバー、マシンとも前年と変更がなく、かつ特筆性のないチームについては省略する。タイヤは前年をもってファイアストンがF1からの撤退を決めたため、グッドイヤーのワンメイクとなったが、後述の事情によりパーネリのみファイアストンを使用する[2]。
- マクラーレン:前年はマールボロ2台とヤードレー1台の3台体制だったのをマールボロ2台に集約し、前年のドライバーズチャンピオンのエマーソン・フィッティパルディと、前年終盤にヤードレーの1台をドライブしたヨッヘン・マスのコンビとなった[3]。
- ロータス:ロニー・ピーターソンがシャドウに移籍する噂が絶えなかった[4]。
- BRM:前年までチームを支援していたアルフレッド・オーウェン卿が手を引き、他の主要スタッフもチームを去った。チームはオーウェン卿の妹婿であるルイス・スタンレー卿が引き継ぎ、「スタンレー・BRM」に改変された。それに伴いマシンのカラーリングも赤、白、青に変更された。ドライバーはマイク・ワイルズのみの1台体制に縮小した[W 4][6]。
- マーチ:F1活動を中止する予定だったが、ヴィットリオ・ブランビラがイタリアの工具メーカー「ベータ」のスポンサーを持ち込んだことにより参戦を継続した[4][7]。
- コパスカー:エマーソンの兄ウィルソン・フィッティパルディが創設した初のブラジルチームがF1に初参戦する。コンストラクター名称はタイトルスポンサーのコパスカーを用いた。マシンはウィルソンとリカルド・ディビラが共同制作したFD01が持ち込まれた[6][10][W 4]。
エントリーリスト
- 追記
予選
(特記のない出典:[11])
セッションは金曜日・土曜日の各2回、合計4回行われた。
金曜日の第1セッション直前まで雨が降っていたが、開始前に晴れてコースは乾きだした。新車シャドウ・DN5を駆るジャン=ピエール・ジャリエがこの日の第2セッションで1分49秒21を叩き出してトップタイムを記録し、土曜日のセッションでジャリエのタイムを上回る者はなく、F1キャリア初のポールポジションを獲得した[W 7]。ジャリエに続いたのはカルロス・パーチェと母国GPとなるカルロス・ロイテマンのブラバム勢で、4番手のニキ・ラウダまでが1分50秒の壁を破った。新規参戦したコパスカーのウィルソン・フィッティパルディは初期トラブルが頻発してまともに走行することができず、ジャリエより11秒、ウィルソンより1つ前のマイク・ワイルズより2秒遅い最下位でチーム初の予選を終えた。
予選結果
| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | タイム | 差 | Grid |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 17 | シャドウ-フォード | 1:49.21 | - | 1 | |
| 2 | 8 | ブラバム-フォード | 1:49.64 | +0.43 | 2 | |
| 3 | 7 | ブラバム-フォード | 1:49.80 | +0.59 | 3 | |
| 4 | 12 | フェラーリ | 1:49.96 | +0.75 | 4 | |
| 5 | 1 | マクラーレン-フォード | 1:50.02 | +0.81 | 5 | |
| 6 | 24 | ヘスケス-フォード | 1:50.26 | +1.05 | 6 | |
| 7 | 11 | フェラーリ | 1:50.71 | +1.50 | 7 | |
| 8 | 4 | ティレル-フォード | 1:50.80 | +1.59 | 8 | |
| 9 | 3 | ティレル-フォード | 1:50.82 | +1.61 | 9 | |
| 10 | 27 | パーネリ-フォード | 1:51.06 | +1.85 | 10 | |
| 11 | 5 | ロータス-フォード | 1:51.44 | +2.23 | 11 | |
| 12 | 9 | マーチ-フォード | 1:51.77 | +2.56 | 12 | |
| 13 | 2 | マクラーレン-フォード | 1:51.82 | +2.61 | 13 | |
| 14 | 16 | シャドウ-フォード | 1:51.92 | +2.71 | 14 | |
| 15 | 18 | サーティース-フォード | 1:52.13 | +2.92 | 15 | |
| 16 | 28 | ペンスキー-フォード | 1:52.36 | +3.15 | 16 | |
| 17 | 21 | ウィリアムズ-フォード | 1:52.88 | +3.67 | 17 | |
| 18 | 6 | ロータス-フォード | 1:52.90 | +3.69 | 18 | |
| 19 | 23 | ローラ-フォード | 1:53.12 | +3.91 | 19 | |
| 20 | 20 | ウィリアムズ-フォード | 1:53.43 | +4.22 | 20 | |
| 21 | 22 | ローラ-フォード | 1:54.00 | +4.79 | 21 | |
| 22 | 14 | BRM | 1:54.48 | +5.27 | 22 | |
| 23 | 30 | コパスカー-フォード | 2:00.22 | +11.01 | 23 | |
| 出典: [W 1][W 8] | ||||||
決勝
(特記のない出典:[12])
母国の英雄カルロス・ロイテマンを応援するために18万人の大観衆が訪れた。
レース開始まで30分を切った16時過ぎに各車がコースインしていく中、初のポールポジションを獲得したジャン=ピエール・ジャリエのシャドウ・DN5はわずか200m走行したところでエンジンが息の根を止めてしまった。メカニックが急いで駆けつけたが、ディファレンシャルギアが壊れていたため、レースを諦めるしかなかった。
ポールシッターが不在という異例の状況でレースはスタートした。ロイテマンが好スタートを決め、カルロス・パーチェを抜いてトップに立った。1周目の半ばにヨッヘン・マスがジョディー・シェクターに接触し、シェクターはコース外に飛び出してしまう。1周目の終わりに両者ピットインして修理を終えるが、コースに戻ると既に3周遅れとなっていた。
2周目に入り、ロイテマンはパーチェ、ニキ・ラウダ、ジェームス・ハント、エマーソン・フィッティパルディの4台をリードし、6位に順位を上げていたロニー・ピーターソンがクレイ・レガツォーニとパトリック・デパイユを引き連れる。
8周目、ハントがラウダを抜き、E.フィッティパルディにも迫られていく。ラウダはクラッチに問題を抱えていた。
13周目、最後尾からスタートしたF1デビュー戦のコパスカーがピットを過ぎたタイトな左コーナーでドライブシャフトが折れ、スピンを繰り返してガードレールにクラッシュし、燃料ポンプが破損してFD01は炎に包まれた[注 1]。ウィルソン・フィッティパルディは無事に脱出して無傷だったが、チームとしてはほろ苦いF1デビュー戦となってしまった。その周にパーチェがロイテマンを抜いて首位に浮上するが、メインスタンド前のコーナーでスピンして7位に後退してしまった。
レースが中盤にさしかかりロイテマンのペースが次第に鈍りだし、26周目にハントがロイテマンを抜き去りって初のラップリーダーとなる[W 7]。E.フィッティパルディもラウダ、続いてロイテマンを抜いて2位に浮上した。ラウダはハンドリングに不調を抱えて上位争いから脱落した。
34周目、ハントがパーチェと同じ場所でスピンしてしまい、E.フィッティパルディに首位の座は明け渡したが、立ち直りは早く2位で踏みとどまった。
その後はE.フィッティパルディが悠々と首位を走行し、トップでチェッカーフラッグを受けた。ハントが2位、ロイテマンはスタンドの大声援を受けながら3位でフィニッシュした。以下、レガツォーニ、デパイユ、ラウダが入賞した[W 7]。
レース結果
| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | 周回数 | タイム/リタイア原因 | Grid | Pts. |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | マクラーレン-フォード | 53 | 1:39:26.29 | 5 | 9 | |
| 2 | 24 | ヘスケス-フォード | 53 | +5.91 | 6 | 6 | |
| 3 | 7 | ブラバム-フォード | 53 | +17.06 | 3 | 4 | |
| 4 | 11 | フェラーリ | 53 | +35.79 | 7 | 3 | |
| 5 | 4 | ティレル-フォード | 53 | +54.25 | 8 | 2 | |
| 6 | 12 | フェラーリ | 53 | +1:19.65 | 4 | 1 | |
| 7 | 28 | ペンスキー-フォード | 52 | +1 Lap | 16 | ||
| 8 | 6 | ロータス-フォード | 52 | +1 Lap | 18 | ||
| 9 | 9 | マーチ-フォード | 52 | +1 Lap | 12 | ||
| 10 | 22 | ローラ-フォード | 52 | +1 Lap | 21 | ||
| 11 | 3 | ティレル-フォード | 52 | +1 Lap | 9 | ||
| 12 | 16 | シャドウ-フォード | 51 | トランスミッション | 14 | ||
| 13 | 23 | ローラ-フォード | 51 | +2 Laps | 19 | ||
| 14 | 2 | マクラーレン-フォード | 50 | +3 Laps | 13 | ||
| Ret | 8 | ブラバム-フォード | 46 | エンジン | 2 | ||
| NC | 20 | ウィリアムズ-フォード | 44 | 規定周回数不足 | 20 | ||
| Ret | 27 | パーネリ-フォード | 27 | トランスミッション | 10 | ||
| Ret | 14 | BRM | 24 | エンジン | 22 | ||
| Ret | 5 | ロータス-フォード | 15 | エンジン | 11 | ||
| Ret | 21 | ウィリアムズ-フォード | 15 | ギアボックス | 17 | ||
| Ret | 30 | コパスカー-フォード | 12 | アクシデント | 23 | ||
| DSQ | 18 | サーティース-フォード | 6 | 失格(アウトサイド・アシスタンス) | 15 | ||
| DNS | 17 | シャドウ-フォード | 0 | トランスミッション | 1 | ||
| WD | 29 | ベルタ-フォード | マシンが準備できず[W 9] | ||||
| 優勝スピード(勝者E.フィッティパルディの平均速度):190.855 km/h | |||||||
| ファステストラップ:ジェームス・ハント - 1:50.91(34周目)[W 2] | |||||||
| 出典: [W 10][W 3][W 8][1] | |||||||
| ドライバー | 周回数 | リードラップ |
|---|---|---|
| カルロス・ロイテマン | 25周 | 1-25 |
| ジェームス・ハント | 9周 | 26-34 |
| エマーソン・フィッティパルディ | 19周 | 35-53 |
| 出典: [W 11] | ||
- 太字は最多ラップリーダー
主な記録
第1戦終了時点のランキング
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- 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半7戦のうちベスト6戦と後半7戦のうちベスト6戦の合計。