ブラバム・BT44
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ブラバムBT44を駆るロイテマン (1974年レース・オブ・チャンピオンズにて) | |||||||||||
| カテゴリー | F1 | ||||||||||
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| コンストラクター | ブラバム | ||||||||||
| デザイナー | ゴードン・マレー | ||||||||||
| 先代 | ブラバム・BT42 | ||||||||||
| 後継 | ブラバム・BT45 | ||||||||||
| 主要諸元 | |||||||||||
| シャシー | アルミニウム・モノコック | ||||||||||
| サスペンション(前) | ダブルウィッシュボーン | ||||||||||
| ホイールベース | 2,413mm | ||||||||||
| エンジン | フォード・コスワースDFV 2993cc V8, NA, ミッドエンジン | ||||||||||
| トランスミッション | ヒューランドFG400 5速 MT | ||||||||||
| 重量 | 606kg | ||||||||||
| 燃料 | フィナ | ||||||||||
| タイヤ | グッドイヤー・ファイアストン | ||||||||||
| 主要成績 | |||||||||||
| チーム |
モーター・レーシング・ディペロップメント Ltd. マルティニ・レーシング ゴールディ・ヘキサゴン・レーシング RAMレーシング | ||||||||||
| ドライバー |
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| 出走時期 | 1974年 - 1976年 | ||||||||||
| 通算獲得ポイント | 89 (91) | ||||||||||
| 初戦 | 1974年アルゼンチンGP | ||||||||||
| 初勝利 | 1974年南アフリカGP | ||||||||||
| 最終戦 | 1976年オーストリアGP | ||||||||||
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ブラバム・BT44(Brabham BT44)は、ブラバムが製作したフォーミュラ1カーである。デザイナーはゴードン・マレー。1975年には改良型のBT44Bが製作された。
戦績
1974年
カルロス・ロイテマンと新人リチャード・ロバーツという布陣でスタート。第3戦南アフリカGPで初優勝(ロイテマンにとっても初の優勝)をあげる。第10戦イギリスGPよりカルロス・パーチェが加入。また、プライベートチームのゴールディ・ヘキサゴン・レーシングがBT44を購入してドイツGPからジョン・ワトソンがドライブ。最終戦アメリカGPで1-2フィニッシュ。ワトソンも5位で入賞した。最終的に3勝をあげてシリーズ5位を記録。
シーズン終了後の11月24日に富士スピードウェイでおこなわれたF1のデモンストレート・ランにロイテマンが出走。また、桑島正美がBT44をテスト走行させている。
1975年

メインスポンサーとしてマルティーニ・エ・ロッシを獲得。パーチェが地元のブラジルGPで優勝。ロイテマンもドイツGPで優勝するなど入賞をかさね、コンストラクターズチャンピオン獲得も見えていたが、チームが来季用のエンジンとしてアルファロメオ、フラット12気筒エンジンを獲得。マレーが新型マシンBT45の設計を始めたためBT44Bの開発が中断[2]、シーズン後半は失速。それでも選手権2位を確保した。
1976年
前述のとおり、ブラバムがエンジンをアルファ・ロメオに変更したためBT44BをドイツのRAMレーシングに売却。複数のドライバーがドライブしたが、ポイント獲得はならなかった。
