U-23サッカー日本代表
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U-23サッカー日本代表(アンダートゥエンティスリーサッカーにほんだいひょう)は、日本サッカー協会(JFA)によって編成される日本の男子サッカーの23歳以下のナショナルチーム。五輪開催年に23歳の誕生日を迎える選手までが対象となるサッカー日本代表チームでもある。五輪代表とも呼ばれる。
1992年以降オリンピックに出場するのは、23歳以下の選手を対象とするチームとされた(1996年以降オーバーエイジ枠規定が追加)。オリンピック前年にはU-22サッカー日本代表、オリンピックの2年前にはU-21サッカー日本代表と呼ばれる。例外として、2020年東京オリンピックが1年延期となったため、2021年はU-24サッカー日本代表と呼ばれた。
2026年のAFC U23アジアカップで出場国史上初の連覇を達成[1]。
オリンピックの成績
東京2020オリンピック
1年延期された東京2020オリンピックは開催国としての出場となったが、新型コロナウイルスの影響で全試合が無観客開催となった。初戦で南アフリカに71分に久保建英が先制点を奪い取りそのまま逃げ切って1-0で勝利すると、第2戦ではロンドンオリンピック準決勝で1-3と逆転負けを喫したメキシコと対戦し、前半に久保建英と堂安律のゴールで2点を奪い、試合終盤の85分にロベルト・アルバラードのゴールで1点を返されるも、同点にはさせず2-1と競り勝った。最終節のフランス戦も久保建英が3試合連続ゴールを決めると、その後も酒井宏樹、三好康児、前田大然が得点を決め4-0の快勝でこの大会唯一のグループリーグ3連勝で決勝トーナメント進出を決めた[2][3][4]。
準々決勝は五輪史上初めて決勝トーナメントに進出したニュージーランドと対戦した。終始攻め続けたが得点を挙げることはできず、0-0のまま120分で得点できずPK戦に突入。PK戦では4人全員がPKを決めて2大会ぶりの準決勝進出を決めた[5]。五輪史上初めての決勝進出と53年ぶりのメダル獲得が懸かった準決勝は五輪前最後の強化試合で1-1の引き分けに終わったスペインと対戦した。準々決勝とは異なり終始攻められ続けたが得点を与えずに好機も作り続けていたが、PK戦突入が目前に迫った115分にオーバーエイジ枠で出場したマルコ・アセンシオに決勝ゴールを決められ、五輪史上初の決勝進出はかなわなかった[6]。53年ぶりの銅メダル獲得が懸かった3位決定戦はグループステージ第2戦で2-1の勝利を収めたメキシコと再戦したが、前半13分にPKから失点すると、22分にも追加点を奪われ、さらに58分には決定的な3点目を奪われてしまう。結局反撃も78分に三笘薫が奪った1点にとどまり1-3で敗戦。53年ぶりのメダル獲得は夢と消えた[7]。
パリオリンピック
4月にカタールで行われたAFC U23アジアカップ2024はグループリーグを2勝1敗の2位で通過。準々決勝で10人のカタールに延長戦の末4-2で競り勝ち、準決勝のイラク戦も前半の2点リードを守り抜き2-0で勝利して8大会連続のパリオリンピック出場を決めた。決勝は6試合で14得点無失点と圧倒的な強さを見せて史上初のオリンピック出場を決めたウズベキスタンと対戦した。終始攻められ続け手も足も出ない状況が続いていたが、相手に消耗が見え始めるとそこから反撃に出て後半ATに突入した90+1分に山田楓喜が先制点を奪い取る。だが、その直後にウズベキスタンにPKを与えてしまい最大のピンチを迎えることに。それでもここは小久保玲央ブライアンのファインセーブで同点に追いつかせず最後まで粘りを見せて1-0で勝利し、8年ぶり2回目のU23アジアカップ優勝を決めた[8]。優勝した日本はオリンピック本大会でグループDに組み分けされ、初戦でパラグアイと対戦。今大会でオーバーエイジや主力数名を招集出来ないのは日本だけであったが、前半18分に三戸舜介のゴールで先制すると、直後に相手に退場者が出て数的優位に立ち、後半に4得点を奪って五輪史上最多となる5ゴールを挙げて5-0の大勝[9][10]。続く2戦目は3月に行われた親善試合で1-3と逆転負けしたマリと対戦。終始相手に攻められ続けたが得点を与えずに踏ん張り続け、82分に山本理仁が先制点を挙げて1-0で勝利したことで最終節のイスラエル戦を残して決勝トーナメント進出を決めた[11][12]。最終節のイスラエル戦も相手に終始攻め込まれ必死に耐える時間が続いたが、相手に得点を与えずに踏ん張り続け、試合終了間際の90+1分に途中出場の細谷真大が先制点を挙げて1-0で勝利したことでグループステージ3連勝を達成。準々決勝は東京2020オリンピック・準決勝で0-1と惜敗したスペインとの対戦が決まった[13][14]。
準々決勝は前回大会準決勝で延長戦の末に敗れたスペインと対戦したが、前半11分にフェルミン・ロペスに先制点を奪われて今大会初の失点を喫してしまう。それでも前半40分に細谷真大がネットを揺らすもこれがVAR判定でオフサイドとなり得点は認められず、さらに終了間際にもFKから細谷が放ったヘディングシュートもポストにはじかれて無得点で前半を終えると、後半はスペインを相手に前半より守勢に回る時間が続き、73分にはまたもフェルミン・ロペスに追加点を奪われてしまう[注 1]。さらに86分にはセットプレーからアベル・ルイスにトドメとなる3点目を奪われて0-3で敗戦。東京2020オリンピックの雪辱を果たせず、ベスト8で大会を去り、56年ぶりのメダル獲得とはならなかった[15][16]。
モーリスレベロトーナメント(トゥーロン国際大会)の成績
| モーリスレベロトーナメント | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 開催年 | ラウンド | 試合数 | 勝 | 分※ | 負 | 得点 | 失点 |
| グループリーグ敗退 | 3 | 1 | 0 | 2 | 3 | 7 | |
| 3 | 1 | 0 | 2 | 5 | 7 | ||
| 5 | 1 | 0 | 4 | 3 | 5 | ||
| 3 | 0 | 2 | 1 | 3 | 4 | ||
| 7位 | 4 | 2 | 1 | 1 | 6 | 5 | |
| 準優勝 | 5 | 2 | 2 | 1 | 10 | 6 | |
| 計 | 23 | 7 | 5 | 11 | 30 | 34 | |
※ノックアウトステージでのPK戦を含む。
アジア競技大会の成績
- 規定上は1998年大会はフル代表が出場可能。2002年大会以降はU-23代表が出場可能であったが、日本はいずれもU-21の選手で出場。
AFC U23アジアカップの成績
出場国史上初の連覇
2026年1月6日から24日までサウジアラビアで行われたAFC U23アジアカップ2026で日本はグループBに入り、シリア、UAE、カタールと同じ組に入った。初戦はシリアと対戦し、前半10分に大関友翔のゴールで先制すると、後半に4得点を挙げて5-0の大勝を飾ると、続く第2戦はUAEと対戦し、前半5分にンワディケウチェブライアン世雄がPKを決めて先制点を奪うと、37分には大関友翔の2試合連続ゴールが決まり、82分には古谷柊介のゴールで3-0の快勝を収め、1試合を残してグループB1位通過を確定させた。最終節のカタール戦は、前半30分に古谷柊介の2試合連続得点で先制点を奪うと、80分には佐藤龍之介のゴールで2-0の勝利を収め、グループステージを3連勝かつ10得点無失点といった盤石の結果を残した[17][18][19][20][21][22][23]。
そうして迎えた準々決勝は開催国・サウジアラビアに勝利するなどグループAを2位で通過したヨルダンと対戦した。ところが日本は開始から硬さの目立つプレーが見られ、前半30分にはアリ・アザイゼに先制を許し、今大会初の失点を喫してしまう。それでも後半から投入された古谷柊介が50分に同点ゴールを決め、そのまま決着は着かずPK戦へ。日本は荒木琉偉が2本のシュートを止める大活躍で苦しみながらもベスト8進出を決めた[24][25]。準決勝は準々決勝で唯一90分で決着をつけた韓国と対戦した。開始から日本がゲームを支配する流れで前半36分に獲得したCKから小泉佳絃がこぼれた球を押し込み待望の先制点を挙げる。しかし、後半は一転して韓国に攻勢を強められ、さらには市原吏音の負傷交代という不運に遭うも、準々決勝で2本のシュートストップを見せた荒木琉偉を筆頭に最後までゴールを割らせず、1-0で逃げ切って大会初の連覇に王手をかけた[26][27]。史上初の連覇をかけて挑んだ決勝は今大会無失点で史上初の決勝進出を果たした中国と対戦した。前半12分に大関友翔が先制ゴールを決めると、8分後には小倉幸成が今大会初ゴールを決めて前半を2点リードで折り返すと、59分には獲得したPKを佐藤龍之介が沈め、76分には小倉幸成のこの試合2点目となる得点を決め4-0で勝利。大会史上初の「連覇」を成し遂げた[28][29]。なお、前日に行われた3位決定戦はPK戦の末にベトナムが勝利した[30]。
| AFC U23アジアカップ | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 開催年 | ラウンド | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 備考 |
| ベスト8 | 4 | 1 | 2 | 1 | 7 | 4 | 規定よりも2年低い年代の選手で編成 (予選はU-19[31]、本戦はU-21[32]) | |
| 優勝 | 6 | 6 | 0 | 0 | 15 | 4 | ||
| ベスト8 | 4 | 3 | 0 | 1 | 5 | 5 | 規定よりも2年低い年代の選手で編成 (予選はU-20[33]、本戦はU-21[34]) | |
| グループステージ敗退 | 3 | 0 | 1 | 2 | 3 | 5 | ||
| 3位 | 6 | 4 | 1 | 1 | 11 | 3 | 規定よりも2年低い年代の選手で編成 (予選はU-22[35]、本戦はU-21[36]) | |
| 優勝 | 6 | 5 | 0 | 1 | 10 | 3 | ||
| 優勝 | 6 | 5 | 1[注 2] | 0 | 16 | 1 | 規定よりも2年低い年代の選手で編成 (予選はU-20[37]、本戦はU-21[38]) | |
| 計 | 35 | 24 | 5 | 6 | 67 | 25 | ||
歴代監督
- 1990-1992
山口芳忠[39](アジア最終予選は総監督として横山兼三が指揮) - 1993-1996
西野朗[39] - 1998-2000
フィリップ・トルシエ[39](A代表と兼務) - 2002
小野剛[39](暫定、就任時の肩書きはヘッドコーチ) - 2002-2004
山本昌邦[39] - 2006-2008
反町康治[39] - 2010-2012
関塚隆[40] - 2014-2016
手倉森誠[41] - 2017-2021
森保一[42][43](2018年7月からA代表監督と兼務、東京五輪は監督登録) - 2020-2021
横内昭展[43][44](2020年7月からA代表コーチと兼務、東京五輪はコーチ登録) - 2022-
大岩剛[45]
オリンピックの登録メンバー
1996年アトランタ大会
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2000年シドニー大会
シドニー大会のメンバー[48]。監督はフィリップ・トルシエ。なお、トルシエは2年後の日韓ワールドカップの日本代表の監督を務めた。
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- *はオーバーエイジ。
2004年アテネ大会
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- *はオーバーエイジ。
2008年北京大会
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2012年ロンドン大会
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- *はオーバーエイジ。
2016年リオデジャネイロ大会
リオデジャネイロ大会のメンバー[52]。監督は手倉森誠。
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- *はオーバーエイジ。
2020年東京大会
東京大会のメンバー[53]。監督は森保一。年齢は大会開幕時(2021年7月22日)。所属クラブはメンバー発表時[53]。新型コロナウイルス感染症により登録メンバーが22名に拡大。また、五輪1年延期により、24歳以下が出場資格を得る。
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- *はオーバーエイジ。
2024年パリ大会
パリ大会のメンバー[54][55]。監督は大岩剛。年齢は大会開幕時。所属クラブはメンバー発表時。本大会より2016年リオデジャネイロ大会以前の登録メンバー18名体制(バックアップ選手を含めれば22名)に縮小される予定だったが、登録メンバーは22名のまま維持され試合毎に18名を登録できる制度になった。
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