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ジョシュ・バード

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生年月日 (1978-03-30) 1978年3月30日(47歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
225 lb =約102.1 kg
ジョシュ・バード
Josh Bard
ロサンゼルス・ドジャース コーチ #54
ワシントン・ナショナルズでの現役時代
(2009年5月18日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州トンプキンス郡イサカ
生年月日 (1978-03-30) 1978年3月30日(47歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 捕手
プロ入り 1999年 MLBドラフト3巡目
初出場 2002年8月23日
最終出場 2011年9月17日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

ジョシュア・デビッド・バード(英語: Joshua David Bard, 1978年3月30日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州トンプキンス郡イサカ出身の元プロ野球選手(捕手)、野球指導者。右投両打。2020年シーズンよりMLBのロサンゼルス・ドジャースのブルペンコーチを務める。

プロ入りとロッキーズ傘下時代

1999年のMLBドラフト3巡目(全体100位)でコロラド・ロッキーズから指名され、プロ入り。

インディアンス時代

その後、2001年にクリーブランド・インディアンスへ移籍した。

2002年8月23日にメジャーデビュー。当初から打撃力があり、デビュー戦でいきなりサヨナラ本塁打を放つ。2試合目も本塁打を打ち、捕手としてはメジャー史上4人目の「デビュー戦から2試合連続本塁打」を記録した(なおバードの次にこの記録を達成したのは城島健司)。

2003年はビクター・マルティネスとの争いを制して正捕手を務める。

2004年以降は自身の故障とマルティネスの台頭により、ほとんど出場機会がなかった。

レッドソックス時代

2006年1月にギレルモ・モタ、アンディ・マルテ、ケリー・ショパックとのトレードで、ココ・クリスプ、デビッド・リスキー(英語版)と共にボストン・レッドソックスに移籍した。ナックルボーラーのティム・ウェイクフィールド専属捕手として期待されたが、シーズンが始まると不規則な変化をするナックルの捕球に戸惑ってパスボールを連発。一方、前年までウェイクフィールド専属捕手だったダグ・ミラベリは正捕手を務める予定でサンディエゴ・パドレスに移籍したが、強打のマイク・ピアッツァが加入したため出場機会を失い、レッドソックスに戻すことを主張した。

パドレス時代

サンディエゴ・パドレス時代
(2008年5月19日)

2006年5月1日にクラ・メレディスと共にミラベリとのトレードで、パドレスに移籍した。

パドレス移籍後は守備に難のあるピアッツァとの併用で起用され、この年は打率.338(パドレスのみの数字)を記録する。

2007年は正捕手格となり、自身初めて100試合以上に出場。得点圏打率が4割を超えるなどチャンスに強いところを見せた。

2008年、前年の半分以下となる57試合の出場に留まる。その影響で打撃成績全般が低下。特に打率は.200を切る寸前(.202)にまで落ち込んだ。シーズン終了後にFAとなった[1]。

ナショナルズ時代

2009年1月2日に古巣のレッドソックスと2010年の年俸300万ドルのオプションを含む、 1年160万ドルで契約したが[2][3]、3月18日にレッドソックスを自由契約となった。[4]。

3月21日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結び、開幕ロースター入り。移籍先のナショナルズでは、90試合の出場で打率.230、6本塁打、31打点という成績を残した。

マリナーズ時代

2009年12月28日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだ。

ドジャース傘下時代

2011年12月にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ。

2012年3月29日に自由契約となった。しかし、再契約を結び傘下のAAA級アルバカーキ・アイソトープスへ異動した。ここでは、ティム・フェデロビッチの控えを務めた。この年は、メジャーに昇格できなかった。シーズン終了後に引退を表明した。

引退後

引退後はドジャースのスペシャル・アシスタントに就任した。

2015年7月6日に第4回WBC予選のニュージーランド代表打撃コーチを務める事が発表された[5]。

2016年から2年間はドジャースのブルペンコーチを務めた。

2018年シーズンからはニューヨーク・ヤンキースのベンチコーチとなり[6]、2年間務めた。

2020年シーズンからは再びドジャースのブルペンコーチを務める[7]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2002 CLE 24959092050334120010400136.222.255.378.633
2003 91329303257413181133602132210539.244.293.373.666
2004 7231958201134000130000.421.478.6841.162
2005 3495836164012390012900112.193.266.277.543
2006 BOS 721182510060000030030.278.381.333.714
SD 93263231287819091244010222711399.338.406.537.943
'06計 100284249308320091304010223011429.333.404.522.926
2007 11844338942111272515751011350705816.285.364.404.768
2008 571981781136901481600101821255.202.279.270.549
2009 WSH 9030127420631806993101112411505.230.293.361.655
2010 SEA 39126112924703401000311000274.214.276.357.634
2011 26868151740227110000500200.210.256.333.589
MLB:10年 5861980177816245210933968422014111317512329956.254.320.385.705

年度別守備成績

年
度
球
団
捕手(C)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
捕

逸
企
図
数
許
盗
塁
盗
塁
刺
阻
止
率
2002 CLE 241531324.98821697.438
2003 874865557.9914644123.359
2004 7474011.0000642.333
2005 311641032.98331174.364
2006 BOS 7327021.0001013121.077
SD 713853035.9930514110.196
'06計 784173737.99310645311.172
2007 1087513934.996313112110.076
2008 493292031.9911635310.159
2009 WSH 793972753.9883594316.271
2010 SEA 392021220.991018126.333
2011 251561222.988024159.375
MLB 52731022292831.9922645635898.215
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号

  • 44(2002年 - 2005年)
  • 77(2006年 - 同年途中)
  • 28(2006年途中 - 2009年途中)
  • 7(2009年途中 - 同年終了)
  • 26(2010年)
  • 3(2011年)
  • 54(2016年、2020年 - )
  • 56(2017年)
  • 59(2018年 - 2019年)

代表でのコーチ歴

脚注

関連項目

外部リンク

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