オースティン・ライリー

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生年月日 (1997-04-02) 1997年4月2日(29歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
オースティン・ライリー
Austin Riley
アトランタ・ブレーブス #27
2020年9月10日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テネシー州メンフィス
生年月日 (1997-04-02) 1997年4月2日(29歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手外野手
プロ入り 2015年 MLBドラフト1巡目戦力均衡ラウンドA(全体41位)
初出場 2019年5月15日
年俸 $15,000,000(2023年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

マイケル・オースティン・ライリーMichael Austin Riley, 1997年4月2日 - )は、アメリカ合衆国テネシー州メンフィス出身のプロ野球選手三塁手外野手)。右投右打。MLBアトランタ・ブレーブス所属。愛称はオチョOcho[2]

プロ入り前

デソト中央高校英語版に通っている際には遊撃手と投手でプレーをしていた[3][4]

プロ入りとブレーブス時代

2015年MLBドラフト1巡目戦力均衡ラウンドA(全体41位)でアトランタ・ブレーブスから指名され、プロ入り[5][6]。契約後、傘下のルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ブレーブスでプロデビュー。ダンビル・ブレーブス英語版でもプレーした[7][8]

2019年5月15日にエンダー・インシアーテの負傷に伴いメジャー昇格し、セントルイス・カージナルス戦でデビューを果たした[9][10]。デビュー戦では2打席目に、マイケル・ワカから本塁打を打った[11][12]。5月29日のワシントン・ナショナルズ戦では14-4で大敗を喫したが、自身初の満塁本塁打を放ち、14試合で7本塁打を記録し、20打点を記録した。14試合で7本塁打を記録したのは、歴代でトレバー・ストーリーに次ぎ、2番目の早さだった。6月1日に本塁打を打ち、16試合で8本塁打を記録したこととなり、この偉業を成し遂げたのはMLB史上で4人目となった[13]。ブレーブスにおいては、最速で達成した選手となった。5月には15試合しか出場しなかったにもかかわらず、2019年5月のルーキー・オブ・ザ・マンスを受賞した。8月8日に、8月5日に右膝の捻挫をしたことをうけて故障者リストに入った。後に、運動中に横側副靱帯の部分断裂をしていたことが明らかになった[14]。8月22日にリハビリのために、ローム・ブレーブス英語版に配属され、9月1日までグウィネット・ストライパーズでリハビリをしていた[15]

2021年はキャリア初となるシーズン30本塁打以上を達成した。またこの年はチームがワールドシリーズに進出し、ヒューストン・アストロズを4勝2敗で下し優勝。自身初めてとなるワールドシリーズ優勝を経験した[16]。オフの11月23日に自身初めてとなるオールMLBチームのファーストチーム三塁手に選出された[17]

2022年7月16日にノーラン・アレナドの代替として、自身初となるオールスターゲームに選出された[18]。7月には打率.423、11本塁打、25打点、球団記録となる月間26長打を記録し、自身初となるプレイヤー・オブ・ザ・マンスを受賞した[19]。8月1日に10年総額2億1200万ドルの契約を締結し、2032年までブレーブスとの契約を延長した(2033年は2000万ドルのオプション)[20]。この年は159試合に出場して、打率.273、38本塁打、93打点、OPS.878を記録した[21]

2023年7月2日に選手間投票で通算2度目となるオールスターゲームに選出された[22]。この年は159試合に出場して、打率.281、37本塁打、97打点、OPS.861を記録し、共に2度目となるシルバースラッガー賞とオールMLBチームのファーストチーム三塁手に選出された[21][23][24][25]

2024年は5月に腹斜筋の負傷で2週間欠場し、6月中旬まで本格的な復帰が叶わなかった[26]。8月18日のロサンゼルス・エンゼルス戦で死球を受けて右手を骨折し、残り試合を欠場した[26][27]。故障に悩まされたこの年は110試合に出場して、打率.256、19本塁打、56打点、OPS.783を記録した[21][28]

2025年7月11日のセントルイス・カージナルス戦で右腹部の肉離れを負い、翌12日に故障者リストに入った[29]。同25日に復帰したが、8月3日のシンシナティ・レッズ戦で下腹部の肉離れを負い、翌4日に再び故障者リストに入った[30]。同21日にはスポーツヘルニアの手術を受け、シーズンを終えた[28][31]。前年と同様に故障に悩まされたこの年は102試合に出場して、打率.260、16本塁打、54打点、OPS.737を記録した[21][28]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2019 ATL 8029727441621111812949020216351084.226.279.471.750
2020 512061882445718782700011611495.239.301.415.716
2021 160662590911793313331310701085221216811.303.367.531.898
2022 15969361590168392383259320045711716813.273.349.528.878
2023 159715636117179323373289731011594917218.281.345.516.861
2024 110469425631092621919656000237051186.256.322.461.783
2025 102447416541082011617854210127131289.260.309.428.737
MLB:7年 8213489314448085016811169154748375029264125291166.270.334.492.826
  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別打撃成績所属リーグ内順位























201922 ナ・リーグ --------
202023 --------
202124 6位3位--10位2位--
202225 -8位8位-3位---
202326 -4位--7位---
202427 --------
202528 --------
  • -は10位未満(打率は規定打席未到達の場合も-と表記)

ポストシーズン打撃成績




















































O
P
S
2020 ATL NLWC 2981100010000000150.125.222.125.347
NLDS 31191300030000020030.333.455.333.788
NLCS 7292824001740000110100.143.172.250.422
2021 NLDS 416153500181000010040.333.375.533.908
NLCS 62725352011040000200100.200.259.400.659
WS 62525183001130000000110.320.320.400.760
2022 NLDS 416150100011000010050.067.125.067.192
2023 NLDS 4171726002123000000060.353.353.7061.059
出場:4回 36150142133350553160000711540.232.273.373.647
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績

内野守備


一塁(1B)三塁(3B)
























2019 ATL 633216.972549001.000
2020 414311.94446319566.955
2021 10403081.000156893001418.965
2022 17220.818159972831420.964
2023 -159952871138.972
2024 -109601781017.960
2025 -102551661113.953
MLB 219410415.963736431131866112.964
外野守備


左翼(LF)右翼(RF)
























2019 ATL 5887341.957220001.000
2020 440001.000-
2021 -10000----
MLB 6291341.959320001.000
  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

記録

背番号

  • 27(2019年 - )

脚注

関連項目

外部リンク

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