丁復
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『史記』によると元々は趙の将軍で鄴で劉邦の陣営に加わったとされるが、『漢書』では越の将軍として薛で劉邦に従ったとされている。霸上に至った時、騎射に長けた楼煩部隊の将を務めていた。
高祖元年(紀元前206年)、劉邦が漢王に封ぜられると、劉邦に従って漢中郡に入った。数か月後の三秦平定の戦いに参戦し、別動隊を率いて董翳を降伏させる功績を挙げ、後に呂沢の指揮下に入った。
楚漢戦争では韓信の指揮下に属し、濰水の戦いや彭城で功績を挙げ、大司馬に任命された。さらに葉で項羽の軍を撃破し、将軍に任命された。
高祖6年(紀元前201年)、正月戊申の日、陽都侯に封ぜられ、食邑7,800戸を領する。この戸数は蕭何(8,000戸)に比肩するほどであり、史書には忠臣であると評されている。前漢王朝の礎を築いた功臣一覧の功績と家系録を記した『漢書』高恵高后文功臣表では序列第17位に列せられている。
侯位には19年間在り、高后6年(紀元前182年)に逝去した。