Wikiwand AI

国鉄タキ6200形貨車

From Wikipedia, the free encyclopedia

国鉄タキ6200形貨車
基本情報
車種 タンク車
運用者 日本国有鉄道
日本貨物鉄道(JR貨物)
所有者 日産化学工業、三菱化成工業
製造所 新三菱重工業
製造年 1960年(昭和35年) - 1963年(昭和38年)
製造数 3両
種車 タキ300形
改造年 1957年(昭和32年)
改造数 4両
消滅 2002年(平成14年)
常備駅 速星駅、黒崎駅
主要諸元
車体色 黒
専用種別 甲種硝酸
化成品分類番号 侵(禁水)84
軌間 1,067 mm
全長 10,400 mm
全幅 2,531 mm
全高 3,395 mm
タンク材質 普通鋼(一般構造用圧延鋼材)
荷重 30 t → 27 t
実容積 18.2 m3
自重 14.9 t - 16.4 t
換算両数 積車 4.0
換算両数 空車 1.6
台車 TR20、TR41C
車輪径 860 mm
軸距 1,650 mm
台車中心間距離 6,300 mm
最高速度 75 km/h
テンプレートを表示

国鉄タキ6200形貨車(こくてつタキ6200がたかしゃ)は、かつて日本国有鉄道(国鉄)及び1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化後は日本貨物鉄道(JR貨物)に車籍を有した私有貨車(タンク車)である。

年度別製造数

1957年(昭和32年)8月2日にタキ300形より4両(コタキ325、コタキ329 - コタキ331)の専用種別変更(濃硫酸、発煙硫酸→甲種硝酸)が行われ形式名は新形式であるタキ6200形(コタキ6200 - コタキ6203)とされた[1]。種車は1942年(昭和17年)10月23日から1943年(昭和18年)7月13日にかけて新潟鐵工所にて製作され、改造時点で車齢約15年であった。

記号番号表記は特殊標記符号「コ」(全長 12 m 以下)を前置し「コタキ」と標記する。

その後1960年(昭和35年)1月22日から1963年(昭和38年)8月17日にかけて3ロット3両(コタキ6204 - コタキ6206)が新三菱重工業にて新規製造された[1]。

本形式の他に甲種硝酸を専用種別とする形式には、タキ8200形(3両)、タキ10950形(1両)、タキ12050形(1両)の3形式があり本形式は最大勢力であった。

所有者は日産化学工業、三菱化成工業(現在の三菱化学)の2社でありそれぞれの常備駅は富山県の速星駅、福岡県の黒崎駅であった。

積載荷重は当初30 t 積みであったが1974年(昭和49年)に保安対策上27 t 積みに減トンされた。

1979年(昭和54年)10月より化成品分類番号「侵(禁水)84」(侵食性の物質、水と反応する物質、腐食性物質、禁水指定のもの)が標記された。

タンク体は普通鋼(一般構造用圧延鋼材SS41、現在のSS400)製のドーム付き直円筒型であり、荷役方式はタンク上部にあるマンホールからの上入れ、液出管と空気管使用による上出し方式である[1]。

車体色は黒、寸法関係は全長は10,400 mm、全幅は2,531 mm、全高は3,395 mm、台車中心間距離は6,300 mm[1]、実容積は18.2 m3、自重は14.9 t - 16.4 t、換算両数は積車4.0、空車1.6であり、台車はTR20、TR41Cである。

1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化時には3両(コタキ6204 - コタキ6206)の車籍がJR貨物に承継されたが、1989年(平成元年)10月に廃車となり同時に形式消滅となった[2]。1991年(平成3年)度に2両(コタキ6204・コタキ6205)の車籍が復活したが[3]、10年後の2002年(平成14年)3月に再度廃車となり同時に形式消滅となった[4]。

各年度による製造会社(他形式よりの改造車は改造所)と両数、所有者は次のとおりである。

  • 昭和32年度 - 4両
    •  ? 4両 日産化学工業(コタキ325、コタキ329 - コタキ331→コタキ6200 - コタキ6203)
  • 昭和34年度 - 1両
    • 新三菱重工業 1両 三菱化成工業(コタキ6204)
  • 昭和35年度 - 1両
    • 新三菱重工業 1両 三菱化成工業(コタキ6205)
  • 昭和38年度 - 1両
    • 新三菱重工業 1両 三菱化成工業(コタキ6206)

参考文献

脚注

関連項目

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks