大島裕行

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1981-06-15) 1981年6月15日(44歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
大島 裕行
埼玉西武ライオンズ 二軍野手コーチ #88
2014年11月23日、西武第二球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県さいたま市西区
生年月日 (1981-06-15) 1981年6月15日(44歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手一塁手
プロ入り 1999年 ドラフト3位
初出場 2002年4月14日
最終出場 2012年6月28日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 埼玉西武ライオンズ (2023 - )

大島 裕行(おおしま ひろゆき、1981年6月15日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手外野手)、コーチ。

プロ入り前

埼玉栄高校時代から注目を集めていた長打力が持ち味。1998年第80回全国高等学校野球選手権大会に出場、1回戦沖縄水産高戦で新垣渚投手から逆転本塁打を放つ[1](2回戦敗退)。彼は2年生だったがこの活躍で一躍注目される存在となる。直後の第3回AAAアジア野球選手権大会日本代表にも選出された。3年時は鳥谷敬のいる聖望学園に敗れて甲子園出場はならなかった。

高校時代は通算本塁打86本(歴代6位)を記録(2007年中田翔に破られるまでの歴代最多記録)。早くから注目を集め、埼玉の怪物と呼ばれたほどである[2]

5球団が1位指名を狙っていると言われたが、本人が地元の西武ライオンズ入りを熱望したため西武が指名。

プロ入り後

2002年(3年目)、一軍初出場・初本塁打を記録した。

2003年、左の強打者としてブレイクし、後半では5番も任された。終盤まで打撃の好調を維持し、96試合に出場して打率.307、7本塁打、18二塁打を記録した。

2004年、6番右翼手で自身初の開幕スタメンの座を手に入れた。開幕直後は好調だったがすぐに失速し、8本塁打を記録したものの打率は大きく下がった。

2005年、二軍で打率.303を記録したが、一軍では50試合に出場してわずか1本塁打に終わった。

2006年は二軍でチームトップの打率.270を挙げたが、一軍では9試合で打率.133に終わった。

2007年、開幕一軍の座をつかみ、春先は左の代打の切り札として活躍。4月14日の対千葉ロッテマリーンズ戦では小林雅英から9回表に代打で逆転2点適時打を打ち、代打5打席連続安打を記録した。代打での打率は.412、得点圏打率は.333とチャンスで活躍したが、スタメン起用された試合では18打数1安打で、打率は.216と伸び悩み、6月に二軍落ち。二軍では打率. 279、5本塁打を打ち主軸打者として活躍したが、一軍再昇格はならなかった。

2008年、5月1日の対福岡ソフトバンクホークス戦ではD.J.ホールトンからサヨナラ打の呼び水となる同点適時打や、9月2日のロッテ戦ではプロ入り初の4番でスタメン起用され、渡辺俊介から3年ぶりの本塁打を放つなど、復調の兆しを見せた。

2009年、本人の怪我や、他の左打者の台頭もあって1軍出場はなかった。

2010年、6月に昇格すると以降コンスタントに出場。8月13日の対オリックス・バファローズ戦で3安打を放ち、5年ぶりの猛打賞をマークした。ちなみに、この年放った2本の本塁打は、両方とも同い年でプロ入り同期高山久とのアベック本塁打だった。

2011年は26試合、2012年は5試合と、世代交代の波にのまれて、2年とも本塁打は0本。

2012年10月2日、同じチームメイトであるマイケル中村とともに引退を発表。10月30日に、同僚の平尾博嗣阿部真宏と共に任意引退公示された[3]

引退後

その後、球団から副寮長に就任することが発表された。着けていた背番号51は埼玉栄高校の後輩である木村文紀へと引き継がれた。2015年シーズンからはスカウト担当編成部を務めた。

2023年シーズンからはファーム打撃コーチとして現場に復帰した。背番号は88[4]2024年は三軍の対外試合の際に、大島が監督扱いでベンチ入りすることもあった[5]2025年からは二軍野手コーチに配置転換された[6]

選手としての特徴・人物

高校時代は長距離打者として活躍したものの、プロ入り後は「(自分は)本物のホームランバッターではない」と悟り、生き抜くため打撃スタイルを変更[7]。中距離打者として繋ぐ打撃と二塁打を多く打てる打者を目指した[7]

愛称はサルゲッチュシリーズからとった「ゲッチュ[8]。快活な性格でチーム内ではムードメーカーでありイジられキャラでもあった。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2002 西武 36807013155032970001910163.214.300.414.714
2003 96273254297818071173321021621536.307.348.461.809
2004 681911792444528772710011011464.246.288.430.718
2005 501061026234013090101310143.225.245.294.539
2006 916150200021000000121.133.188.133.321
2007 27393758300118000110090.216.231.297.528
2008 38867461840228701201010142.243.333.378.712
2010 51121115103040240110022200263.261.269.348.617
2011 2670620121001330020600111.194.265.210.474
2012 5991210030000000030.222.222.333.556
通算:10年 40699191794232452233501063368576319423.253.296.382.671

年度別守備成績



一塁外野
























2002 西武 2101001.0001660001.000
2003 -63120240.968
2004 -3152221.964
2005 -30451001.000
2006 292021.000240001.000
2007 240001.000680001.000
2008 1710712313.9751380001.000
2010 8283021.0004143111.978
2011 -19251001.000
通算 3115818317.983221311772.978

記録

初記録

背番号

  • 51(2000年 - 2012年)
  • 88(2023年 - )

脚注

関連項目

外部リンク

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