秋山俊
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プロ入り前
登別市立富岸小学校に入学し、小学1年から軟式野球を始める。また、小学6年の時には北海道日本ハムファイターズのジュニアチームに入る。登別市立緑陽中学校に進み、中学時代は登別ビッグ・フラップ・オーシャンに所属する。その後、仙台育英学園高等学校に進学し、1年の秋からベンチ入りする。2年の秋からレギュラーに定着し、主に「3番・中堅手」を、3年では4番を務めた。
中京大学では1年の春から中堅手としてレギュラーになり、主に7番で起用される。2年の秋から「3番・三塁手」、3年の春からまた中堅手に戻っている。大学時代では、外野手として2度、三塁手として1度ベストナインに選ばれている。なお、本塁打王および打点王をそれぞれ2度受賞[2]。4年夏に行われた日米大学野球選手権大会では、「7番・右翼手」として全5戦中4試合に先発出場し、打率.429で首位打者に輝いた[3]。
2025年10月23日に行われたプロ野球ドラフト会議にて埼玉西武ライオンズから3位指名を受けた[4]。11月13日、契約金6000万円、年俸1200万円で入団に合意した(金額は推定)[1]。背番号は35[5]。
西武時代
詳細情報
記録
- 初記録
- 初出場・初先発出場:2026年4月5日、対東北楽天ゴールデンイーグルス3回戦(ベルーナドーム)、「6番・中堅手」で先発出場[6]
- 初打席:同上、2回裏に藤原聡大から左飛
- 初安打:2026年4月11日、対千葉ロッテマリーンズ4回戦(ベルーナドーム)、6回裏に田中晴也から右前安打[7]
背番号
- 35(2026年[5] - )