白石一郎
From Wikipedia, the free encyclopedia
釜山の生まれで[1]、本籍は壱岐市[2]。終戦までは釜山、戦後は佐世保市で育つ[3]。長崎県立佐世保北高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業[1]。
大学在学中より、懸賞小説に応募を始め、民放のラジオドラマに投稿した「靴下の穴から」が三席に入選した[2]。卒業後、ゴム会社に就職するが、半年で退職[2]。父の経理事務所で働くかたわら、創作活動に励んだ。1955年、九州時事新聞社の懸賞に応募した「臆病武者」が一席入選[2]、作家デビューを果たす。1957年、「みかん」で山岡荘八奨励賞を受賞[2]、「雑兵」で第10回講談倶楽部賞を受賞。これ以降、本格的な作家活動をはじめ、一貫して歴史・時代小説を執筆した[2]。その一方で、週刊少年マガジンに時代マンガを連載したり、ラジオのパーソナリティを務めたりもした[2]。
2002年に食道がんの宣告を受け[1]、2004年9月20日、肺炎により死去[1]。
代表作は、直木賞を受賞した『海狼伝』である。ほかにも「海」を舞台にしたり、「海」を冠したりする作品がいくつかあり、海洋時代小説の第一人者として知られる[1]。「海」についてのこだわりは、壱岐出身という自身の生い立ちや「苦心して書き上げた書下ろし長篇小説に『海と虹の城』というタイトルをつけてベテランの編集者に手渡したところ、『海はやめましょう。タイトルに海という字がつく本は売れないんです』」と言われ、それ以来、「そんな馬鹿な!という口惜しまぎれの反発心が、根深く心のどこかに」あったことに起因している(白石一郎『水軍の城』より)。ただし、本人は「海を舞台にした作品は私の全作品の中で、二、三割を占めるにすぎない」と語っていた[2]。
直木賞には、「孤島の騎士」(1970)、「火炎城」(1974)、「一炊の夢」「幻島記」(1975)、「サムライの海」(1980)、「島原大変」(1982)、「海賊たちの城」(1984)と相次いで候補作となったが、いずれも落選[1]。『海狼伝』(1987)での受賞は、8回の候補を経た上での受賞となり[1]、最初の候補作「孤島の騎士」から17年が経過しての受賞だった。「孤島の騎士」は当時、選考委員であった海音寺潮五郎に激賞されている。