アルキメデー
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アイソーンの妻をアルキメデーとしたのはレーロスのペレキューデースで[5]、ロドスのアポローニオスのほかにヒュギーヌスがこの説を採った。ただしヒュギーヌスはクリュメノスとクリュメネーの娘としている[6]。イアーソーンをはじめ何人かのアルゴナウタイがミニュアースの娘から生まれていることは、彼らがミニュアイ(「ミニュアースの子供たち」の意)と呼ばれたことの由来として語られている[7][6]。これに対してヘーシオドスは(15094) ポリュメーレー[8]、アポロドーロスはポリュメーデー(アウトリュコスの娘[9])とした。
なお、ロドスのアポローニオスはアルゴー船がコルキスを目指してイオールコスを出港したとき、すでに夫アイソーンは死去しており、アルキメデーは人々とともにイアーソーンを見送ったと語っている[10]。