マリウスの勝利
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| イタリア語: Trionfo di Mario 英語: The Triumph of Marius | |
| 作者 | ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ |
|---|---|
| 製作年 | 1729年 |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 558.8 cm × 326.7 cm (220.0 in × 128.6 in) |
| 所蔵 | メトロポリタン美術館、ニューヨーク |
『マリウスの勝利』(マリウスのしょうり、伊: Trionfo di Mario, 英: The Triumph of Marius)[1]は、18世紀イタリア・ロココ期の巨匠ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロが1729年にキャンバス上に油彩で制作した絵画である。1965年に同じくティエポロの手になる『ウェルケラエの戦い (Battaglia di Vercelli)』[2]および『カルタゴの征服 (Conquista di Cartagine)』[3]とともに購入されて以来、ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている[1]。
本作は、古代ローマの歴史を表す10点の連作のうちの1点であった。これら10点は、サン・パンタロン教会近くのドルソドゥーロ地区にあるドルフィン家の宮殿カ・ドルフィン大広間を装飾するためのもので[4]、ドルフィン家の人々が登場するヴェネツィアの栄光を描くニコロ・バンビーニの天井画の下に設置された[2]。ティエポロが1725-1730年の修業時代の終わりに制作した画家最初の連作となっている。
この連作を当時もっとも有名であった画家ティエポロに注文したのは、70歳で駐コンスタンティノープル大使として赴任すべく出発しようとしていたダニエーレ3世ジョヴァンニ・ドルフィン (1654-1729年) であった。ティエポロへの依頼を決めたのは、ジョヴァンニの兄ディオニジオ・ドルフィン (1663-1734年) に勧められたからで、ディオニジオはすでに画家にウーディネのパトリアルカーレ宮殿のフレスコ画装飾を依頼していた[5]。
歴史
1872年、ミケランジェロ・グッゲンハイムの仲介で、大広間の10点の連作はオイゲン・ミラー・フォン・アイヒホルツ (Eugen Miller von Aichholz) 男爵に売却され[6]、連作は大きな鏡に置き換えられた。男爵は連作中の5点を自身のウィーンの宮殿に掛け、他の5点の『コリアランに祈るウォルムニアと息子たち (Volumnia e i figli che pregano Corialano)』、『マニウス・クリウス・デンタトゥスの勝利』、『ムキウス・スカエウォラとポルセンナ (Muzio Scevola e Porsenna)』、『カルタゴ議会前のファビウス・マクシムス (Fabio Massimo davanti al senato cartaginese e Dittatura)』、『キンキナトゥス1世に与えられる独裁権 (Dittatura offerta a Cincinnato I)』をサンクトペテルブルクの貴族アレクサンドル・アレクドロヴィッチ・ポロフツォフ (Aleksandr Aleksandrovič Polovtsov) に売却した。5点はポロフツォフからスティーグリッツ (Stieglitz)・アカデミーに譲渡されたが、1934年にはエルミタージュ美術館に移された。
アイヒホルツ男爵のウィーンの宮殿に掛けられた5点の作品は、1919年にトリエステの銀行家カミッロ・カスティッリオーニ (Camillo Castiglioni) に売却された。そのうち、『ブルトゥスとアルンス』および『ハスドゥルバルの頭を見つめるハンニバル (Annibale contempla la testa di Asdrubale)』はウィーンの美術史美術館に寄贈された[7]が、男爵は残りの3点の『ウェルケラエの戦い』、『カルタゴの征服』、そして本作『マリウスの勝利 』をスイスに輸出する許可を得た。その後、それら3点の絵画は1934年にアメリカの個人蔵となり、次いでメトロポリタン美術館に寄贈された[8]。