リナルドとアルミーダ (ティエポロ)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ドイツ語: Rinaldo und Armida 英語: Rinaldo and Armida | |
| 作者 | ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ |
|---|---|
| 製作年 | 1753年ごろ |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 105 cm × 143 cm (41 in × 56 in) |
| 所蔵 | ヴュルツブルク州立美術館、ヴュルツブルク |
| ドイツ語: Rinaldo und Armida 英語: Rinaldo and Armida | |
| 作者 | ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ |
|---|---|
| 製作年 | 1750-1753年ごろ |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 39.4 cm × 62.5 cm (15.5 in × 24.6 in) |
| 所蔵 | 絵画館、ベルリン |
『リナルドとアルミーダ』(独: Rinaldo und Armida、英: Rinaldo and Armida)[1]、または『カルロとウバルドに盗み聞きされる魔法の園のリナルドとアルミーダ』(カルロとウバルドにぬすみぎきされるまほうのそののリナルドとアルミーダ、独: Rinaldo und Armida im Zaubergarten Armidas, von Carlo und Ubaldo belauscht)[2]は、18世紀イタリア・ロココ期の巨匠ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロがキャンバス上に油彩で制作した絵画である。1753年に制作されたと見られるヴァージョンがドイツのヴュルツブルク州立美術館 (ヴュルツブルク) に所蔵されている[1][2]一方、その習作と見られる1750-1753年のヴァージョンがベルリン絵画館に所蔵されている[2]。

1750年12月12日、ティエポロは2人の息子ジョヴァンニ、ロレンツォとともにヴュルツブルクに到着し、以降3年間同地に滞在した[2]。画家が1753年にヴュルツブルクのレジデンツの大階段上の天井に描いたフレスコ画は画家の最高傑作である。彼は、おそらく1753年にレジデンツ内の特定されていない部屋のために16世紀イタリアの詩人トルクァート・タッソ (1544-1595年) の叙事詩『解放されたエルサレム』の場面を表す2点の絵画『リナルドとアルミーダ』と『アルミーダのもとを去るリナルド』も描いた。これら両作品は現在、レジデンツ内のヴュルツブルク州立美術館に展示されている[2]。一方、ベルリン絵画館にある『リナルドとアルミーダ』は1908年にヴィルヘルム・フォン・ボーデにより購入され、『アルミーダのもとを去るリナルド』は1979年にパリで購入された[2]。
これらの絵画の主題であるタッソの叙事詩は11世紀終わりの最初の十字軍の時代に設定されており、キリスト教徒とサラセン人の戦いを描いた物語である[3]。絵画は、サラセン人の魔女アルミーダとキリスト教徒のリナルドの逸話 (第16歌) を表している[1][2]。キリスト教徒の十字軍の兵営に送られたアルミーダは兵士たちを魔法にかけ、連れ去るが、リナルドは彼らを解放する。リナルドに復讐するために、アルミーダは彼を眠らせるが、彼に恋してしまう[2][3]。そして、アルミーダがリナルドを自身の魔法の宮殿に連れて行った後に、彼も彼女の魅力の虜となる[1][2]。
『リナルドとアルミーダ』の画面では、アルミーダが自身の映っている魔法の鏡をリナルドに見せているところである[2]。ティエポロの描くアルミーダは素晴らしいヴィーナスであり、愛をもたらすアモール (画面前景左端) に伴われている。一方、リナルドは彼女の胸に寄りかかっており、彼が魔法にかかっていることを表す花輪を身に着けている[1]。


タッソの叙事詩では、水を飲むために泉の縁に留まっているオウムが自然の美しさ、愛、世俗的なものの儚さを歌う[2]。ヴュルツブルクの作品では、オウムは最上部右端に、ベルリンの作品では上部左寄りの泉の縁のところに見える。右側から近づいているのは、リナルドを探し出し、救出するために十字軍の兵営からやってきたカルロとウバルダである。彼らは賢者アスカロン (Ascalon) のダイヤモンドの盾と棒で武装し、すべての障害を乗り越え、ここまでやってきた[2]。これに続く場面は、やはりヴュルツブルクとベルリンに所蔵される2点の『アルミーダのもとを去るリナルド』に描かれている[4][5]。
なお、ティエポロは、ヴュルツブルクとベルリンの両作品に先立つ1742-1745年ごろにも同主題の作品 『庭園のリナルドとアルミーダ』 (シカゴ美術館) [6]を描いている[2]。