聖パスクアル・バイロンの幻視
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| スペイン語: Visión de san Pascual Bailón 英語: The Vision of Saint Paschal Baylon | |
| 作者 | ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ |
|---|---|
| 製作年 | 1767年-1769年ごろ |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 340 cm × 180 cm (130 in × 71 in) |
| 所蔵 | プラド美術館、マドリード |
『聖パスクアル・バイロンの幻視』(せいパスクアル・バイロンのげんし、西: Visión de san Pascual Bailón, 英: The Vision of Saint Paschal Baylon)は、イタリアのロココ期の巨匠ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロが1767-1769年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した絵画である。アランフエスのサン・パスクアル・バイロン教会のために発注された祭壇画のうちの1つであった[1][2]。切断された作品の上部はスペイン王室のコレクションに由来し、マドリードのプラド美術館に収蔵されたが、下部はルイス・デ・エラス・イ・ルビオ・デ・テハダ (Luis de Errazu y Rubio de Tejada) から1926年にプラド美術館に遺贈された[1]。なお、ロンドンのコートールド美術館には、本作の準備習作 (油彩スケッチ) が所蔵されている[1][2]。
本作が掛けられたサン・パスクアル・バイロン教会は、スペイン国王カルロス3世 (在位期間1759-1788年) によって行われた重要な建築プロジェクトであった。この教会はフランシスコ会派の裸足会修道士のために造られたもので、1762年にスペインに招聘されたティエポロに7点の祭壇画が発注された[3][4]。ティエポロの最期の重要な委嘱であり、祭壇画の主題は裸足会修道士の厳格なキリスト教の解釈を反映していたが、王はすぐにそれら祭壇画を時代遅れと感じたために撤去してしまった[3]。

祭壇画のうちの1点である本作は、パスクアル・バイロンを主題としている。彼は、列聖されてからずっと後の1897年に教皇レオ13世から聖餐協会の守護者と宣言された聖人である[1]。伝説によれば、謙虚なフランシスコ会修道士であったバイロンは宗教的儀式に参加できない時、自身のいた場所で跪き、瞑想にふけったという。ある日、奇跡的に天使がバイロンに聖餐を与え、バイロンはそれを崇拝することができた[1]。
ティエポロが本作に描いているのは、まさにこの場面である。パスクアル・バイロンは、天使が提示する聖餐顕示台の前で崇拝する姿で表されている。この顕示台には、透明なガラスまたはクリスタルの円盤に覆われた小さな円い箱 (聖餐のパンまたはウェファースが入っている[2]) が納められている[1]。画面下部に一部が見えている園芸用の鍬 (コートールド美術館にある油彩スケッチには全体が見える) は、フランシスコ会修道士が手仕事を重要なものと見なしていたことを想起させる[2]。
本作の構図は、コートールド美術館の油彩スケッチ、様々なコレクションにある準備素描および画家の息子ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロが制作した最終作品にもとづく版画により非常によく知られていた。本作が復元されたのも、この版画 (画面の欠落している右下部分に見える) に負っている[1]。
サン・パスクアル・バイロン教会の祭壇画
- 『聖痕を受けるアッシジの聖フランチェスコ』 (プラド美術館) [6]
- 『パドヴァの聖アントニオと幼子イエス』 (プラド美術館) [7]
- 『アルカンタラの聖ペテロ 』 (王室コレクション美術館、マドリード)