ペルセウスとアンドロメダ (ティエポロ)

From Wikipedia, the free encyclopedia

製作年1730-1731年ごろ
寸法51.8 cm × 40.6 cm (20.4 in × 16.0 in)
『ペルセウスとアンドロメダ』
イタリア語: Perseo e Andromeda
英語: Perseus and Andromeda
作者ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ
製作年1730-1731年ごろ
種類キャンバス上に油彩
寸法51.8 cm × 40.6 cm (20.4 in × 16.0 in)
所蔵フリック・コレクションニューヨーク

ペルセウスとアンドロメダ』(: Perseo e Andromeda, : Perseus and Andromeda)は、18世紀イタリアロココ期の巨匠ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロが1730-1731年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した絵画である。現在、ニューヨークフリック・コレクションに所蔵されている[1]

この作品は、ティエポロがカルロ・アルキント英語版伯爵の委嘱により、ミラノアルキント宮殿英語版) のために制作した同名のフレスコ画のための習作である。描かれた精緻なフレスコ画 (『ペルセウスとアンドロメダ』を含め5点) は、おそらく伯爵の長男フィリッポがジュリア・ボッロメオ (Giulia Borromeo) 女伯爵と結婚したことを記念するためのものであった[1]。アルキント宮殿は1943年の空襲により破壊され[2]、ティエポロのフレスコ画も断片を除くほとんどすべてが失われた[1]

作品

本作の主題は、オウィディウスの『変身物語』から採られている[3]エチオピアの女王カッシオペイアは自分の美貌がネーレーイスたちに勝ると宣言した。これが海神ポセイドンの怒りを買い、彼はエチオピアに怪物ケートスを送り込む。ポセイドンの怒りを鎮めるためには、国民を餌食とするケートスに美しい王女アンドロメダを身代わりの犠牲として生贄に差し出すよりほかはなかった。しかし、英雄ペルセウスが現れて、怪物を退治し、彼女を解放する[1][4]

画面下部右側には、ペルセウスに殺された怪物が表されている。左側では、ネーレーイスたちがその死を嘆き悲しんでいる。中央には勝利した英雄ペルセウスがおり、エチオピア王の父親ケーペウスのもとにアンドロメダを連れ帰るために彼女とともに空飛ぶ馬ペガサスに乗っている[1]。上部の雲の中には神々の王であり、ペルセウスの父親でもあるユーピテルが起きている出来事を満足げに見つめている。

脚注

参考文献

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI