劉惇
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生涯
天文を見て、水旱[2]や賊徒の侵入を先んじて予言し、当たらないことはなかった。孫輔によって軍師に任じられ、軍中の者たちもみな彼に敬意を払い、神明と呼んだ。
建安年間、星に異変が現れ、このことについて孫権に尋ねられると、「丹陽にて、客が主人に勝る災禍がある」と予言した。その予言どおりに彼の地にて、辺洪が孫翊を暗殺する謀反が起きた[3]。
劉惇は様々な術に長じていたが、特に太一に明るく、そのことを良く推演[4]し、精妙な要点を窮尽[5]していた。著書百余篇があり、高名な儒者の刁玄も彼の非凡さを称賛した。しかし劉惇はその術を大切なものとして、人に教えることはなかったため、世の人々はその内容をはっきりと知ることはなかった。
出典
- 陳寿撰、裴松之注『三国志』呉書 劉惇伝 s:zh:三國志/卷63#劉惇