昭和町 (徳島市)
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歴史
元は斎田町・富田浦町の各一部で、昭和16年に現在の町名となった。
当町は産業道路(国道55号)沿いの徳島県庁前から津田橋北詰までの一帯で、第二次世界大戦まで残っていた昭和町八丁目(旧斎田東開)の入浜式塩田は、広大な土地と苛酷な労働条件を必要とし経営維持が困難となり、昭和28年には流下式枝条架塩田への転換がはかられたが、昭和33年に鳴門市に設置された真空式製塩(イオン交換樹脂法)に対抗できず、昭和34年に廃止され、元和6年以来の中心産業であった南斎田浦の製塩は、339年間の歴史に終止符を打った。
昭和20年、徳島大空襲により徳島県庁を除きその大部分が焼失し、戦後の経済成長で多くの企業が進出した。
施設
- 塩竃神社
- 財団法人徳島県暴力追放県民センター
- 徳島県こども女性相談センター
- 徳島日産自動車本社
- 徳島トヨペット本社