寺町 (徳島市)
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山岳
歴史
寺町は江戸時代は徳島城下に形成された町で明治22年より徳島市の町名となった。
蜂須賀家政は徳島城の建設に際し、寺院を勝瑞(現板野郡藍住町勝瑞)や旧地の尾張から移し、最初は寺島に集め、後に眉山山麓の当地に移転させた。その移転年代は不詳。
勝瑞から移された寺院は、徳川家の位碑を安置する浄土宗の還国寺・浄智寺、真言宗の源久寺・東宗院、日蓮宗の本行寺・寿量寺・妙永寺・善学寺・妙典寺・本覚寺・妙長寺な、真言宗の来福寺・善福寺・願成寺・般若院、浄土真宗の慈船寺・円徳寺・長善寺・東光寺・元勝寺、日蓮正宗の敬台寺があり、寺院が集中している。またかつては持明院と春日寺も存在した。
城下町の構成のなかで寺町を配するのは戦時下における兵力の屯集に利用されるとともに、防衛上重要な機能を担うことになった。また還国寺や持明院が蜂須賀家と特殊な関係を持ち、その他の寺院も藩士や城下の町人の檀那寺として、極めて重要な役割を担っていた。
渭津五か寺のひとつの敬台寺は日蓮宗富士派に属し、寛文6年に初代藩主・蜂須賀至鎮の正室・敬台院が、江戸下谷の法詔寺を移築した。同寺から以西の大工町の付近を、通称で敬台前と呼んでいた。なお、寺町と大工町の接するあたりは法華寺町と呼ばれていた。



