加茂名地区

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日章旗 日本
都道府県 徳島県
自治体 徳島市
加茂名地区
かもな
日章旗 日本
地方 四国地方
都道府県 徳島県
自治体 徳島市
旧自治体 名東郡加茂名町の大半
世帯数
12,586世帯
総人口
24,264
徳島市デジタル推進課、2024年12月1日)
隣接地区 不動地区加茂地区佐古地区八万地区上八万地区国府地区
徳島市役所加茂名支所
所在地 〒770-8076
徳島県徳島市庄町五丁目48番地5
リンク 加茂名支所公式ページ
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加茂名地区(かもなちく)は、徳島県徳島市の地域である。徳島市の西部に位置する。

1937年徳島市へ編入された名東郡加茂名町の領域とほぼ一致する。ただし佐古地区との境界はかなり異なる。

自然

徳島市西部、鮎喰川右岸(南東岸)に広がり、古くは鮎喰川の氾濫原だった吉野川デルタの一部を占める。さらに、眉山北西麓を経て分水嶺まで広がる。

東西に平行して走る、北の県道30号と南の国道192号沿線と、蔵本駅周辺が商業地で(鮎喰駅周辺はあまり商業化していない)、他は住宅地である。

町と人口

人口は徳島市による推計[1](2011年6月)。3世帯以下の丁目・小字の人口は各町の人口から除外されている(地区計には計上されている)。

町丁丁目・小字人口注記
蔵本町1~3丁目428
蔵本元町1~3丁目609
南蔵本町1~3丁目318
北島田町1~3丁目1816
中島田町1~4丁目1939
南島田町1~4丁目1584
庄町1~5丁目2618
南庄町1~5丁目1583
鮎喰町1~2丁目1860
名東町1~3丁目9661
加茂名町小字208
佐古八番町 6・7番34一~八番町のうち。
南佐古八番町 5番92一~八番町のうち。
北矢三町四丁目 1~5・9番92一~四丁目のうち。
53世帯に満たない丁目・小字の合計。
23397

町境と一致しない地区境のうち、北矢三町内を通る地区境は、加茂町編入前の旧市町村境とほぼ一致している。しかし、佐古・南佐古内を通る地区境は、加茂名町編入前の旧市町村境とは大きく異なる。

隣接地区

国府地区・不動地区とは鮎喰川を介して接しており、橋で結ばれている。八万地区・上八万地区とは眉山山中で接している。加茂地区・佐古地区とは市街が連続している。

歴史

名の由来

諸説あるが、「加茂郷」と「名方郷」の合成だとする説が最も支持されている[2]

加茂郷

加茂郷は平安時代にこの地区または周辺にあった郷で、その正確は位置については諸説あるが、『大日本地名辞書』は加茂地区から加茂名地区にかけてとする。考古学からは、「加毛」と書かれた平安時代の墨書土器が庄町から出土したことから、加茂名地区・佐古地区(庄町・蔵本町佐古)とする説が有力である[3]

加茂名町・加茂名村

1889年10月1日、町村制施行により加茂名村(1915年11月10日より加茂名町)が成立した。

現在の加茂名地区のほぼ全域を含んだが、徳島市との市町村境は、現在の佐古地区との地区境とかなり異なった。現在の佐古六番町~八番町のそれぞれ一部と南佐古六番町~八番町が、加茂名町だった。一方、佐古八番町のうち加茂名地区に含まれるエリアの一部(八番町6番の一部)は、加茂名町ではなく、徳島市佐古町だった[4][5]

年表

旧村・旧大字との対応

市町村制以前の町村、市町村制下(加茂名町編入前)の市町村・旧大字、加茂名町編入直後の町、現在の町。

旧町村旧市町村旧大字編入時の町現在の町
庄村 加茂名村

加茂名町
庄町 庄町南庄町鮎喰町加茂名町
島田村島田 島田町 北島田町中島田町南島田町北矢三町の一部
東名東村東名東 名東町 名東町
西名東村西名東
蔵本村の大半蔵本の大半 蔵本町の大半 蔵本町蔵本元町南蔵本町南佐古の一部
佐古の一部
佐古町の一部徳島市佐古町の一部

交通

施設

出典

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