クリス・バーミューレン

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クリス・バーミューレン
クリス・バーミューレン
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
生年月日 (1982-06-19) 1982年6月19日(42歳)
オーストラリアの旗 オーストラリアクイーンズランド州ブリスベン
現在のチーム カワサキ・レーシングチーム
ゼッケン 77
ウェブサイト chrisvermeulen.com
レースでの経歴
ロードレース世界選手権 MotoGPクラス
活動期間2005年-2009年
マニファクチャラーリズラ・スズキ
チャンピオン0
2009年 順位11位 (84 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
68 1 7 3 1 499
スーパーバイク世界選手権
活動期間2004年 - 2005年, 2010年 -
マニファクチャラーホンダ, カワサキ
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
45 10 23 3 7 661
スズキ・GSV-Rを駆るバーミューレン

クリス・バーミューレン(Chris Vermeulen、1982年6月19日 - )は、オーストラリアクイーンズランド州ブリスベン出身のオートバイレーサー。ロードレース世界選手権MotoGPクラスに参戦経験を持ち、2010年スーパーバイク世界選手権に参戦。

バーミューレンは1994年から1998年の間、母国オーストラリアでダートトラックレースに参加し、1998年にオーストラリアロードレース選手権、1999年からは同スーパーバイク選手権で活躍していた。

イギリス出身で、晩年オーストラリアに移住したスズキの伝説のライダー、バリー・シーンの助言を受けたバーミューレンは、その勧めに従って2000年にイギリスへ渡り、レースキャリアを積む。イギリスではBSBスーパースポーツ・スーパーストック両選手権に参加している。2001年スーパースポーツ世界選手権に参戦、2003年同選手権にてチャンピオンに輝いた。2004年はテンケイト・ホンダチームからスーパーバイク世界選手権に参戦を開始。翌2005年には年間ランキング2位まで成績を伸ばした。

2006年より、バーミューレンは車番「71」を付けて、スズキワークスチームからロードレース世界選手権MotoGPクラスにフル参戦デビューを果たす。 この年バーミューレンはポールポジション2回を獲得(第3戦トルコGP第11戦アメリカGP)、また当時のチームメイトでエースライダーのジョン・ホプキンスに先がけ、地元オーストラリアGPにてグランプリ初の表彰台(2位)に立つなどして活躍した。

2007年第5戦フランスGPではグランプリ初優勝を達成。スズキに2001年セテ・ジベルナウ以来、6年ぶりのレース優勝をもたらした。

2008年から、バーミューレンは車番を「71」から「7」に変更。チームメイトにドゥカティ・ワークスチームで活躍したロリス・カピロッシを迎えた。2009年シーズンも引き続きスズキから参戦。全ライダー唯一となる全戦ポイント獲得という成績を残したものの、翌年以降のシートを確保することが出来ず、MotoGPから退くことになった。

2010年シーズンはカワサキワークスチームからスーパーバイク世界選手権へ出場、しかし開幕戦フィリップアイランドで膝を負傷して第2戦・第3戦と欠場を強いられ[1]、復帰後も成績は低迷した。そして第9戦ブルノで再び膝を傷めてしまいシーズン残りを欠場[2]、満足にシーズンを戦うことが出来ずにシリーズランキング20位に沈んだ。

バーミューレンは欠場中に半月板靭帯を修復する大規模な手術を受け、2011年シーズン開幕前の1月のテストに参加することを目標としてリハビリに励んでいる[3]

エピソード

  • 雨の日のレースにめっぽう強く、MotoGPではウエットコンディションで初優勝や表彰台を何度も獲得していることから「レインマスター」と評されている。ただしドライコンディションでも表彰台を獲得する確かな力量を持ち合わせている。
  • バーミューレンのバイクに使用されていた車番の、横棒(ディジット)付の数字「7」は、バリー・シーンの愛用した車番とそのデザインに因む。シーンはバーミューレンの少年時代から彼のレース活動を支援していたという。

戦績

脚注

外部リンク

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