スコット・マクラフリン
From Wikipedia, the free encyclopedia
| スコット・マクラフリン | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
2020年 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生誕 | 1993年6月10日(32歳) クライストチャーチ | ||||||
| インディカー・シリーズでの経歴 | |||||||
| 5年の間68レース出場 | |||||||
| チーム | No.3(チーム・ペンスキー) | ||||||
| 最高位 | 3位(2023, 2024) | ||||||
| 初戦 | 2020 グランプリ・オブ・セントピーターズバーグ(セントピーターズバーグ) | ||||||
| 最終戦 | 2025 ボーチェッタ・バーボン・ミュージックシティ・グランプリ(ナッシュビル) | ||||||
| 初勝利 | 2022 グランプリ・オブ・セントピーターズバーグ(セントピーターズバーグ) | ||||||
| 最終勝利 | 2024 ミルウォーキー・マイル250 レース2(ミルウォーキー) | ||||||
| |||||||
| V8スーパーカー記録 | |||||||
| シリーズ優勝 | 3(2018, 2019, 2020) | ||||||
| レース数 | 253 | ||||||
| レース勝利数 | 56 | ||||||
| 表彰台 | 106 | ||||||
| ポールポジション | 76 | ||||||
スコット・トーマス・マクラフリン(Scott Thomas McLaughlin, [mɪˈklɒxlɪn]; 1993年6月10日 - )は、ニュージーランドのレーシングドライバー。
インディカー・シリーズ
1999年にハミルトン郊外にあるカートスポーツ・ハミルトン・サーキットでカートレースを始め[1]、2002年にタイトルを獲得[2]。2003年に家族揃ってゴールドコーストに移住後もニュージーランド国内でのカート競技を続けながらオーストラリア国内のカート選手権にも出場[3]。2008年、ニック・キャシディとともにロータックス・マックス・チャレンジ・グランドファイナルのジュニアクラスでニュージーランド代表に選ばれ[4]、決勝では6番手からスタートしたが、1周目の事故に巻き込まれ、19位でフィニッシュした[5]。
2010年にストーン・ブラザーズ・レーシングからV8スーパーカー・シリーズ第2戦(クイーンズランドで4輪デビューを果たし[6][7]、2012年にV8スーパーツアラー[8]、2018年・2019年・2020年にスーパーカーズ選手権でシリーズチャンピオンを獲得。
2020年10月25日、チーム・ペンスキーからインディカー・シリーズ最終戦(セントピーターズバーグ)でインディカーデビューを果たす[9]。またレース前日にペンスキーとの複数年契約を締結したことを自身のInstagramで発表した[10]。
2021年
2021年のインディカー参戦初年度ではオーバルコースで優れたパフォーマンスを発揮し、第3戦(テキサス)で予選15番手からスタート[11]。決勝を2位でフィニッシュし、インディカーで初表彰台を獲得した[12]。その後第4戦(テキサス)と第13戦(ゲートウェイ)でトップ10フィニッシュを記録している[13][14]。一方でロードコースと市街地コースは苦戦し、第5戦(インディアナポリス)で予選6番手、決勝8位とロードコースで初のトップ6予選進出とトップ10フィニッシュを記録したが[15][16]、第14戦(ポートランド)で9位フィニッシュするまでロードコースでトップ10フィニッシュを達成することはなかった[17]。またインディ500では17番手で予選を通過し[18]、決勝ではトップ10の後方を走行していたが、116周目にピットレーンでのスピード違反でドライブスルーペナルティを受けて最終的に20位でフィニッシュしたが[19]、マクラフリンはその活躍が認められインディアナポリス500・ルーキー・オブ・ザ・イヤーに選出され、リック・メアーズ、エリオ・カストロネベスに次ぐペンスキーから3人目の受賞者となった[20]。最終的に305ポイントを獲得し総合14位で終えた。
2022年
2022年は飛躍の年となり、開幕戦(セントピーターズバーグ)でインディカー初優勝を飾ると、第9戦(ミッドオハイオ)、第16戦(ポートランド)での優勝[21][22][23]を含む表彰台圏内7回・ポール3回・計510ポイントを獲得し、総合4位を記録した。
2023年
2023年シーズン開始前にペンスキーとの複数年契約を結び[24]、シーズン開始後の第4戦(バーバー)で唯一の優勝を記録し、488ポイントを獲得し総合3位を記録するとともにチーム内での最多得点ドライバーとなった[25]。
2024年
2024年開幕戦(セントピーターズバーグ)を3位でフィニッシュしたが、チームがレース中にECUソフトウェアを不正に操作し、再スタート時にプッシュ・トゥ・パスを使用できるようにしていたことが発覚したため、チームメイトのジョセフ・ニューガーデンとともに失格処分となった。その後の第4戦(バーバー)で優勝を飾り、第6戦(インディ500)でポールポジションを獲得するが、決勝では6位に終わった。第11戦(アイオワ)でオーバルコース初優勝を飾り、第17戦(ミルウォーキー)でも優勝し、356ポイントを獲得して2年連続で総合3位を記録した。
人物
2020年にロングアイランド出身の教師、カーリー・パオーネと結婚[26]。チェイス、ルナという2匹の犬を飼っている[27]。
妻と出会ってからはアメリカのスポーツチームを観戦し始め、MLBではニューヨーク・メッツ、NBAではニューヨーク・ニックス、NFLではカロライナ・パンサーズのファンである[28][29]。
2025年4月29日、自身のSNSを通じてアメリカ合衆国の市民権を取得したと発表した[30]。