マックス・チルトン

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フルネーム Maximilian Alexander Chilton
略称表記 CHI
出身地 サリー州ライゲート
マックス・チルトン
マックス・チルトン
2013年モナコグランプリ
基本情報
フルネーム Maximilian Alexander Chilton
略称表記 CHI
国籍 イギリスの旗 イギリス
イングランドの旗 イングランド
出身地 サリー州ライゲート
生年月日 (1991-04-21) 1991年4月21日(34歳)
F1での経歴
活動時期 2013-2014
過去の所属チーム '13-'14 マルシャ
車番 4
出走回数 35
タイトル 0
優勝回数 0
表彰台(3位以内)回数 0
通算獲得ポイント 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 2013年オーストラリアGP
最終戦 2014年ロシアGP
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マクシミリアン・"マックス"・アレクサンダー・チルトンMaximilian "Max" Alexander Chilton, 1991年4月21日 - )はイギリスサリー州出身の元レーシングドライバー。父親グレアムは、2012年現在エーオンの副社長[1]。兄トム2014年現在WTCCに参戦するレーシングドライバー。 2017年8月12日に結婚した[2]

初期の経歴

2010年よりGP2アジアシリーズにバルワ・アダックスより参戦。GP2メインシリーズではオーシャン・レーシング・テクノロジーより参戦した。

2011年はカーリンよりGP2メインシリーズ、GP2アジアシリーズに参戦。

2012年はマルシャF1チームのジュニアチームであるマルシャ・カーリン・モータースポーツよりヤングドライバープログラムの一員としてGP2に参戦。ハンガリーラウンドでGP2初優勝をポール・トゥ・ウィンで挙げている。

F1

2012年のF1日本GPよりマルシャF1チームのリザーブドライバーに昇格し[3]アブダビGPでは金曜フリー走行1回目に出走した。

2013年はレギュラードライバーに昇格した[4]。予選、決勝共に同じ新人のチームメイトのジュール・ビアンキに遅れをとる場面がほとんどだったが、後半からは予選タイムもかなり近づき、決勝では勝つこともたまに出来るようになるなど、進歩を見せた。またこの年は新人ドライバーとしてはF1史上初めて、シーズン全てのレースで完走を果たした。

2014年もマルシャに残留[5]。開幕から相変わらずの安定感で完走を続けていたが、第7戦のカナダGPの1周目にチームメイトのビアンキとクラッシュを喫してしまい、デビューからの連続完走記録は25戦でストップした。その後は完走を続けたものの、シーズン中盤辺りからライバルのケータハムと共に資金難に陥り、また日本GPでのビアンキの死亡事故(クラッシュ直後しばらくは意識不明の重体)も重なった結果、ロシアGPを最後にケータハムと共にチームは撤退した。なお最終的にはモナコでビアンキが獲得した9位入賞の2ポイントを、ザウバー、ケータハムが上回れなかったため、コンコルド協定によって、チームランキング9位相当の賞金をチームは獲得できたため、翌年チームはマノー・レーシングとして参戦することが決まった。しかしチルトンは残留できず、チームを去った。

インディ・ライツ

2014年を最後にF1のシートを失い、渡米。インディカー・シリーズの下位カテゴリであるインディ・ライツシリーズにカーリンより参戦している[6]。 第12戦アイオワで初優勝を飾った。

WEC

2015年よりFIA 世界耐久選手権に復帰する日産よりフル参戦が発表された[7]。ただし、後に日産はマシン開発の遅れから開幕戦、第二戦の参戦を見送り。ル・マン24時間レースからの参戦となる[8]

エピソード

  • 2013年にルーキードライバーとしてF1史上初めてデビューシーズン全戦完走を達成し、以降も完走を続け25戦までデビューからの連続完走記録を伸ばし歴代1位であったが、2017年アメリカGPにおいてエステバン・オコンがデビューからの26戦連続完走を達成し、チルトンの記録を更新した[9]。ただしオコンは2016年途中でのデビューであったため、「デビューシーズン全戦完走」は2022年現在もチルトンが唯一である。

レース戦績

脚注

外部リンク

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