昭和大橋 (新潟市)
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交通量
- 1日あたりの自動車交通量
- 4万3100台(2004年6月)
歴史
新潟地震による落橋
開通から約1か月後の1964年6月16日に発生した新潟地震では、揺れがおさまってから2基の橋脚が河底に埋没し[3]、埋没していく際に水面が裂け川底が見えたとする目撃談がある[3]。同時に橋脚も傾斜したことから12スパンの桁のうち5スパンが落橋し、取付部も地盤が沈降するなど大きな被害を受けた。原因は液状化現象(側方流動)によるもので、新潟地震の被害の象徴として当時大きく取り上げられた他、落橋防止構造の設置が義務付けられるなど[4]のちの橋梁の耐震技術の向上にも役立てられた。
復旧工事では落橋した5スパンを引き上げて補修した上で再利用し、橋脚を増設するなどの措置が行われ、同年12月上旬に完了した。その後も耐震補強などの改修を順次行いつつ現在に至っているが、一部の橋脚は現在も傾いたままである。信濃川河岸のやすらぎ堤より橋脚部を眺めると左右にずれたままの状況や橋桁から飛び出している様子を確認できる。
- 新潟地震により落橋した昭和大橋
- 現在も一部が傾いたままの昭和大橋橋脚
