狩野近雄

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狩野 近雄(かのう ちかお、1909年明治42年〉4月5日[1] - 1977年昭和52年〉3月10日[2][3])は、日本ジャーナリスト毎日新聞社取締役、スポーツニッポン新聞社社長。

群馬県群馬郡古巻村八木原(現・渋川市八木原)に生まれる[3][4]。旧制高崎中学校を経て[3][4]1932年昭和7年)早稲田大学法学部を卒業[1]福田赳夫は高崎中学校の同級[3]

大学卒業後毎日新聞記者となる[3][1][4]東京裁判の取材ではキャップとして活躍[3][4]。中部本社編集局長、印刷局長、東京出版局長、東京編集局長を歴任し[3][4]1965年(昭和40年)取締役に就任[3][4]。中部本社代表、西部本社代表、常務取締役も務める[3][1]

1971年(昭和46年)よりスポーツニッポン新聞社社長、1975年(昭和50年)同会長[3][4]横綱審議委員も務めた。俳句茶の湯[要出典]をたしなみ、文人とのつきあいもあった。銀座百店句会、ねんげ句会同人。

1977年(昭和52年)3月10日、知人の葬儀に参列した際に心筋梗塞で死去[3]

著書

  • 『お値打ち案内』文芸春秋新社 1961
  • 『食いもの旅行』文芸春秋新社・ポケット文春 1965
  • 『食いもの好き』三月書房 1972
  • 『好食一代』三月書房 1974
  • 『記者とその世界』狩野戦太郎 1977

脚注

関連人物

外部リンク

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