松岡佑子

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松岡 佑子(まつおか ゆうこ、1943年9月10日 - )は、日本の英語通訳翻訳家実業家出版社静山社社長。福島県原町市(現・南相馬市)出身。ミドルネームハリス

ファンタジー小説ハリー・ポッターシリーズ」の日本語版の翻訳者として知られる。

グループ会社とした出版芸術社の代表取締役もつとめる。

ハリー・ポッター出版の経緯

ハリー・ポッターとの出会い

1998年、夫である松岡幸雄の死去に伴い、静山社の社長に就任した。しかし、静山社を引き継いだものの出版について知識のない松岡は、通訳の仕事を続けながら「どんな本」を出すべきか暗中模索の日々を送っていた。

同年、ロンドンに住む昔からの友人であるダン&アリソン夫妻のもとを訪れた際、「語学力を生かして、翻訳本を出したいと思っているんだけど、何か面白い本はないかしら?」と尋ねたところ、ダンが「それならこの本だ! 子どものいるイギリス人で、これを読んでいない親はいないって言われている。この本の翻訳権が取れたら、出版社のビルが建つよ!」と言って、その本『ハリー・ポッターと賢者の石』を貸してくれたという。

その夜、松岡は「ハリー・ポッター」に魔法をかけられ、「こんなに面白い物語があるのかと。続きがどうなるのか気になってしょうがなかった。第1章を読んだときに、これは私が翻訳して出版しよう」と決めたという。

すぐに著者J・K・ローリングの著作権エージェントに連絡した松岡は、著者J・K・ローリングの代理人から承諾の返事をもらったとき、いろいろな想いが込み上げ、涙が止まらなかったという。のちに世界で一番有名な児童書となる「ハリー・ポッター」の翻訳権を、社員1人きりの日本の小さな出版社が手に入れることとなったのだ[1]

第一巻の翻訳作業

当時、松岡は通訳の仕事を主にしていて、技術書や特許知的所有権関係の翻訳をしたことはあったが、文芸書は初めてだった。そのため準備を怠りなくするため、よい翻訳の文芸作品を読み、翻訳を助けてくれる人で固めて「ハリー・ポッターの翻訳チーム」を作った。失敗したら尼寺にいく覚悟で、それぐらい情熱を込めて翻訳したという[2]

言葉のひねりもあり、非常にイギリス的な言い回しもあるため、翻訳はとても難しく簡単なことではなかった。単に日本語にするのではなく、すっと頭に入ってきて、音読でも黙読でもすっと読めるように心がけたという。翻訳をサポートしてくれた人や編集者と週に1度は集まって「翻訳検討会議」をして、何度も何度も推敲した[2]

普通の出版社であれば締切を優先するので時間が限られてしまうが、自分の出版社なので十分な時間をかけることができ、第1巻ができあがるまで1年かけたという。印刷所に出す前日の晩まで、編集者と泊まり込んで夜明けのコーヒーを飲むなど、練りに練った翻訳をしたという[2]

出版後、大ヒットを記録

当時、すでに『ハリー・ポッターと賢者の石』は世界中で人気になっており、特にイギリスとアメリカではものすごい部数が出ていた。それを「たった一人でやっている小さな出版社に任せてくれた、J.K.ローリングのためにも失敗はできない。日本でもベストセラーとは言わないまでも、恥ずかしくない売れ方をしないといけない」と思っていたという。

そのためにも一番大事なのは翻訳であり、心と情熱を込めて周りの人から助けてもらって、第1巻『ハリー・ポッターと賢者の石』を仕上げて出版にこぎつけた。

出版後、はじめは「一般書」として出したのですが、「児童書」扱いの書店が多くお店の奥の方に置かれていたが、だんだん売れてきて目立つところに置かれるようになった。売れてからは、注文の電話が毎日ひっきりなしにかかり、マンションの1室で「3台の電話」をキャッチフォンで6台として使えるように増やして、電話に対応していたという[2]

エピソード

著書

脚注

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