ローラ・T100

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ローラ・T100
カテゴリー F1 / F2
コンストラクター ローラ・カーズ
デザイナー エリック・ブロードレイ
先代 ローラ・Mk 4A
後継 ローラ・T102
主要諸元
サスペンション(前) コイルスプリング、ダブルウィッシュボーン
サスペンション(後) コイルスプリング、ダブルウィッシュボーン
エンジン BMW M10 L4
フォード FVA L4 2,000 cc (122.0 cu in) 直列4気筒
トランスミッション ヒューランド FT 200 5
重量 450 kg (990 lb)
タイヤ ダンロップ
ファイアストン
主要成績
チーム イギリスの旗 ローラ・カーズ
ドイツの旗 バイエリッシェ・モトーレン・ヴェルケ AG
スペインの旗 Escuderia Calvo Sotello
ドライバー 17. ドイツの旗 ヒューベルト・ハーネ
22. スペインの旗 ホルヘ・デ・バグラチオン
27. イギリスの旗 デヴィッド・ホッブス
28. イギリスの旗 ブライアン・レッドマン
初戦 1967年ドイツグランプリ
出走優勝ポールFラップ
1000
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ローラ・T100 (Lola T100) は、ローラ・カーズが製作したフォーミュラ2カー。デザイナーはエリック・ブロードレイ1967年F1世界選手権では第7戦に出場している。

1967年ドイツグランプリにローラからデヴィッド・ホッブスブライアン・レッドマンがF2仕様で、BMWからヒューベルト・ハーネがF1仕様のT100で出場した。ホッブスとハーネはBMWエンジン、レッドマンはコスワースエンジン搭載車をドライブした。予選でハーネは14番手、ポールポジションを獲得したロータスジム・クラークからは28.7秒の差であった。ホッブスは21番手、ポールタイムから42.1秒差であった。レッドマンはコスワースエンジン搭載車で、予選は走らず最後尾の26番グリッドからの出走となった。決勝でハーネはリタイアし、ホッブスはレッドマン車を使用して10位に入った。レッドマンは出走しなかった[1][2][3]

数週間後の1967年9月16日、ブライアン・レッドマンはF2仕様のT100で、オウルトン・パークで行われたノンタイトル戦のインターナショナル・ゴールドカップに出場したが、1周を終えたところでエンジントラブルのためリタイアした[4]。続くノンタイトル戦のスペイングランプリでレッドマンはF1仕様のT100をドライブし、8位でフィニッシュした。優勝したジム・クラークからは2周遅れであった。このレースにはジョー・シフェールとヒューベルト・ハーネも出場したが、それぞれ45周目と33周目にエンジントラブルでリタイアしている[5]

翌1968年、3月22日にブランズ・ハッチで行われたレース・オブ・チャンピオンズにジョン・サーティースがBMWエンジンを搭載したT100で出場したが、オイル漏れによりスタートできなかった[6]

5月12日に行われたスペイングランプリで、スペイン人ドライバーのホルヘ・デ・バグラチオンはコスワースエンジンを搭載したT100でエントリーしたが、マシンが準備できず出走できなかった[7]


F1における全成績

参照

外部リンク

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