共尉
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生涯
秦末の反乱において、父の共敖は秦の滅亡に功績を立て、項羽により紀元前206年に臨江王に封じられ、江陵に都を置いた(項羽十八諸侯)。
高祖3年(紀元前204年)7月、共敖が死去し、共尉は継いで臨江王に即位した。
高祖5年(紀元前202年)12月、項羽が自害して楚漢戦争が終結し、漢により天下はほぼ平定された。各諸侯王は漢に臣従したが、臨江王共尉のみ項羽の恩義に報い、降伏を拒否した。これに対し、劉邦は劉賈と盧綰に命じて臨江を攻撃させた。
漢軍の都尉・戴野は劉賈軍に属し、戦功を立てた。また、臨江の将軍であった黄極忠が漢に寝返って共尉を攻撃し、同様に功績を立てた。漢の将軍・靳歙が別働隊を率いて江陵を陥落させ、柱国・大司馬以下の高官8人と共尉を捕虜とした。共尉は雒陽へ護送され、処刑された。共尉が王として在位した期間は累計17ヶ月であった。