鹿飼

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鹿飼
鹿飼の位置(埼玉県内)
鹿飼
鹿飼
鹿飼の位置
北緯35度56分46.97秒 東経139度30分47.28秒 / 北緯35.9463806度 東経139.5131333度 / 35.9463806; 139.5131333
日本の旗 日本
都道府県 埼玉県
市町村 川越市
地区 芳野地区
人口
2026年(令和8年)1月1日現在)[1]
  合計 465人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
350-0834[2]
市外局番 049[3]
ナンバープレート 川越
座標は鹿飼公民館を示す。
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鹿飼(ししかい)は、埼玉県川越市大字郵便番号は350-0834[2]

河川

川越市の北東部で、入間川右岸側の沖積平野に位置する農地と民家が混在する農業地域[4]。東で鴨田、南で大字石田本郷、西で大字菅間、北で芳野台と隣接する。また、芳野台を挟んだ北側で背の高い入間川の右岸堤防に沿って非常に細長い飛地があり、そこでは比企郡川島町大字曲師、同大字下大屋敷、同大字出丸中郷とも隣接する。 地図上では西側に小さな矩形の飛地があるように見えるが、実際は大字鹿飼に指定されている古川排水路の河川区域とつながっており飛地ではない。 地内は全域が市街化調整区域である[5]。地区の大半は氾濫平野で、主に水田などの農地となっている。中央部に自然堤防があり[6]、大字鹿飼の集落となっている。地区の南境を入間川の旧流路を改修した古川排水路が蛇行しながら東西に流れる。

歴史

もとは江戸期より存在した武蔵国比企郡川島領に属する鹿飼村であった[7]1693年元禄6年)に検地が実施された際に老袋村より上老袋村・中老袋村・下老袋村・川口村・本宿村・戸崎村と共に分村したと云う[8]。分村後も7ヶ村は組合を結成して諸役を負担したと云う。地名は将軍が狩りを行なった際に、鹿や猪をこの地に留め置いたことによると云う[7]。村高は『元禄郷帳』によると153余、『天保郷帳』によると160石余であった[7]。新田検地は1728年享保13年)および1732年(享保17年)に実施されていた。出丸中郷に飛地を領していた[7]化政期の戸数は40軒で、村の規模は東西3、南北10町であった。大麦、菜種、蚕豆を産出していた[7]1629年寛永6年)に荒川(現、元荒川)が付替えられ(利根川東遷事業)、この辺り一帯は水害常襲地と化し、毎年のように水害に見舞われた。水害のあまりの酷さから、諸役がたびたび免除措置されていたと云う。

小字

  • 鹿飼・丑山・遅沼・下谷・梨子木・中島[16]

世帯数と人口

2026年令和8年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字世帯数人口
鹿飼 196世帯 465人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[17]

大字番地小学校中学校
鹿飼全域川越市立芳野小学校川越市立芳野中学校

交通

地区内に鉄道は敷設されていない。

道路

バス

地区内に路線バスの路線は設定されていない。

地区内を縦貫・巡回する路線は設定されていない。以前は東コース(菅間・鹿飼 循環線:12、13系統)が設定され[18]、「鹿飼」「鹿飼公民館入口」停留所が設置されていたが、2013年(平成25年)9月30日[15]限りで廃止された(詳細は当該項目を参照)。

施設など

過去の施設
  • 真義真言宗 宝幢寺[7] - 現在は上記の鹿飼公民館となっている。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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