石田本郷

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石田本郷
石田本郷の位置(埼玉県内)
石田本郷
石田本郷
石田本郷の位置
北緯35度56分45秒 東経139度30分41秒 / 北緯35.94583度 東経139.51139度 / 35.94583; 139.51139
日本の旗 日本
都道府県 埼玉県
市町村 川越市
地区 芳野地区
人口
2026年(令和8年)1月1日現在)[1]
  合計 589人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
350-0835[2]
市外局番 049[3]
ナンバープレート 川越
座標は川越市立芳野中学校を示す。
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石田本郷(いしだほんごう)は、埼玉県川越市大字郵便番号は350-0835[2]

河川

川越市の北東部で、入間川右岸側の沖積平野低地)に位置する区域。 東側で大字鴨田、南側で大字北田島、西側で大字谷中や大字菅間、北側で大字鹿飼と隣接する。地図によっては芳野台二丁目と隣接しているよう描かれるが、実際は古川排水路麦生川の上流部)の河道が大字鹿飼のため隣接していない。また、鴨田を挟んだ東側の離れた場所に大きな飛地があり、そこでは東側で大字中老袋、南側で大字下老袋、西側で大字鴨田や芳野台三丁目、北側で大字上老袋と隣接する。 飛地の東境を古川と称する入間川の廃河川があり、その廃河川の上流部を改修した古川排水路が緩やかに蛇行しながら流れる。 地内は全域が市街化調整区域[4]、多くは氾濫平野[5]耕地整理された水田などの農地として利用されている。川越市立芳野小学校の西側の水田地帯は後背湿地である[5]。古川排水路(旧入間川)に沿って自然堤防があり[5]、そこに帯状の集落がある。飛地を通る県道沿いにも自然堤防上の集落があり、そこには工場も立地する。

歴史

もとは江戸期より存在した武蔵国入間郡河越領に属する石田本郷であった[7][8] 古くは山田荘三芳野里のうちにあり、さらに古くは戦国期より見出せる入間郡のうちの郷村の石田本郷であったと云う。 村高は正保年間の『武蔵田園簿』では380余(田327石余、畑53石余)、『元禄郷帳』によると487石余、『天保郷帳』によると515石余であった[7]化政期の戸数は60余軒で、村の規模は東西8、南北1町半余であった。検地1648年慶安元年)に実施された[7]。鴨田村に飛地を領していた[7]1629年寛永6年)に荒川(現、元荒川)の流れが付け替えられ(利根川東遷事業)、この辺り一帯は水害常襲地と化し、毎年のように水害に見舞われた。

小字

  • 豈町・坏町・四反町・前町・川端町・堤町[13]

世帯数と人口

2026年令和8年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字世帯数人口
石田本郷 265世帯 589人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[14]

大字番地小学校中学校
石田本郷全域川越市立芳野小学校川越市立芳野中学校

交通

地区内に鉄道は敷設されていない。

道路

バス

施設など

  • 川越市立芳野中学校
  • 川越警察署芳野駐在所
  • 稲荷神社・芳野神社
  • 石田本郷集会所 - 観行院
  • 石田本郷児童遊園
  • 観音堂
  • 石田本郷自治会折戸集会所
  • 石田本郷農業集落排水処理施設
  • 新田集会所
  • 天神社(石田本郷新田)

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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