クリント・ハードル

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生年月日 (1957-07-30) 1957年7月30日(67歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
195 lb =約88.5 kg
クリント・ハードル
Clint Hurdle
コロラド・ロッキーズ コーチ #55
ピッツバーグ・パイレーツでの監督時代
(2015年12月9日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシガン州メコスタ郡ビッグラピッズ英語版
生年月日 (1957-07-30) 1957年7月30日(67歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1975年 MLBドラフト1巡目
初出場 1977年9月18日
最終出場 1987年6月26日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

クリントン・メリック・ハードルClinton Merrick "Clint" Hurdle, 1957年7月30日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州メコスタ郡ビッグラピッズ英語版出身の元プロ野球選手外野手)、監督。右投左打。

選手時代

1975年MLBドラフト1巡目(全体9位)でカンザスシティ・ロイヤルズから指名され契約。1977年9月18日のシアトル・マリナーズ戦でメジャーデビュー。しかし、レギュラーで出場したのは1978年1980年だけだった。1980年にワールドシリーズに出場したが、フィラデルフィア・フィリーズに2勝4敗で敗れている。

1981年オフにシンシナティ・レッズに移籍。その後、ニューヨーク・メッツセントルイス・カージナルスでプレーしたが目立った成績は残せず、1987年に現役を引退。

監督時代

1988年にメッツ傘下A級セントルーシー・メッツの監督に就任し、指導者としてのキャリアをスタートさせた。1990年からメッツ傘下AA級の監督を2年間、1992年からメッツ傘下AAA級ノーフォーク・タイズの監督を2年間務めた。1994年コロラド・ロッキーズ傘下のマイナーの打撃インストラクターとなり、1997年にロッキーズの打撃コーチに就任。2002年4月26日、開幕から6勝16敗の時点で解任されたバディ・ベルの後を受けロッキーズの第4代監督に就任。

監督就任以来、一度も勝率5割を超えられず、ナショナルリーグ西地区で4位・4位・4位・5位・4位と最下位争いをしていたが、就任6年目の2007年に若手主体のチームをまとめ、球団記録の90勝を挙げワイルドカードプレーオフ進出。さらにプレーオフ7連勝の快進撃で、チームを球団創設以来初のワールドシリーズに導いた(しかしボストン・レッドソックスに4連敗で敗退)。

2008年は74勝88敗の地区3位でプレーオフ進出を逃した。2009年5月29日、成績不振(18勝28敗)によりシーズン途中でロッキーズの監督を解任された。解任後、MLBネットワークで解説者を務めた。

2010年テキサス・レンジャーズの打撃コーチとなり、チームのワールドシリーズ初進出に貢献する。11月15日、2011年からの3年契約でピッツバーグ・パイレーツの監督に就任した[1]

パイレーツの監督としては2011年、2012年と2年続けて7月末頃までポストシーズン進出争いを演じるも、終盤になるとチームが失速、ハードルが監督に就く前から続いているレギュラーシーズンの連続負け越しを止めるまでには至っていない。

2013年は、開幕から快進撃を続け、地区首位を走る。9月9日のレンジャーズ戦に勝利したことで、シーズン勝ち越しが決まり、1993年から続くレギュラーシーズンの連続負け越しを20年でストップさせた。最終的に地区2位、ワイルドカードゲームシンシナティ・レッズに勝利し、地区シリーズに進出する。しかし、セントルイス・カージナルスに敗北し、チャンピオンシップシリーズ進出はならなかったが、この功績を認められ2013年度の最優秀監督賞を受賞した。監督は2019年シーズン終了をもって解任されるまで続けた[2]

2025年には16年ぶりにロッキーズに復帰し、打撃コーチに就任。しかしチームは40試合が終わった時点で2度の8連敗を含む7勝33敗の借金26と低迷し、5月11日にはバド・ブラック監督とマイク・レドモンドベンチコーチが解任され、ハードルが暫定のベンチコーチに就任した[3]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1977 KC 9282658002147000020070.308.357.538.896
1978 1334814174811025571665613165611846.264.348.398.746
1979 5920417116411033663001042841244.240.343.386.729
1980 130438395501163121018160002534526111.294.349.458.807
1981 2889761225314421500001330102.329.427.553.980
1982 CIN 1937342710081010022161.206.270.235.506
1983 NYM 13353336200820000200101.182.229.242.471
1985 43978271640329701101331201.195.313.354.666
1986 STL 781841541830513461500122601382.195.311.299.610
1987 NYM 3331100010000000010.333.333.333.667
通算:10年 515159613911623608112325611931651717618726128.259.341.403.745

年度別監督成績

年度球団地区年齢試合勝利敗戦勝率順位/チーム数備考ポストシーズン
勝敗
2002COLNL 西44歳1406773.4794 / 5途中就任 
200345歳1627488.4574 / 5 
200446歳1626894.4204 / 5 
200547歳1626795.4145 / 5 
200648歳1627686.4694 / 5  
200749歳1639073.5522 / 5WS敗退7勝4敗
200850歳1627488.4573 / 5 
200951歳461828.3915[4]/ 5途中解任 
2011PITNL 中53歳1627290.4445 / 6 
201254歳1627983.4884 / 6  
201355歳1629468.5802 / 5NLDS敗退3勝3敗 
201456歳1628874.5432 / 5NLWC敗退0勝1敗 
201557歳1629864.6052 / 5NLWC敗退0勝1敗 
201658歳1617883.4833 / 5
201759歳1627587.4634 / 5
201860歳1618279.5094 / 5
201961歳1626993.4265 / 5
MLB:16年 261512691345.485  10勝9敗
  • 太字はプレーオフ進出(ワイルドカードを含む)
  • 2019年度シーズン終了時

表彰

脚注

関連項目

外部リンク

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