涸沼
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北緯36度16分30秒 東経140度30分0秒 / 北緯36.27500度 東経140.50000度座標: 北緯36度16分30秒 東経140度30分0秒 / 北緯36.27500度 東経140.50000度
| 涸沼 | |
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涸沼の空中写真 2012年10月撮影の35枚を合成作成。 国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成 ![]() | |
| 所在地 |
北緯36度16分30秒 東経140度30分0秒 / 北緯36.27500度 東経140.50000度座標: 北緯36度16分30秒 東経140度30分0秒 / 北緯36.27500度 東経140.50000度 |
| 面積 | 9.30[1] km2 |
| 周囲長 | 22 km |
| 最大水深 | 6.5 m |
| 平均水深 | 2.1 m |
| 貯水量 | 0.02 km3 |
| 水面の標高 | 0 m |
| 成因 | 海跡湖 |
| 淡水・汽水 | 汽水 |
| 湖沼型 | 富栄養湖 |
| 透明度 | 0.7 m |

利用
生物相
植物
涸沼では、398種の植物が確認されている。
昭和40年代までは、ヨシやマコモなどの水生植物が群生していた。しかし、下記に示す湿地の干拓やコンクリート護岸工事などによって、群生地が減少、ミズアオイ、ミズワラビ、タコノアシが絶滅の危機に瀕している。
鳥類
涸沼では、86種の鳥類が確認されている。
涸沼では、シジミや小魚が豊富であり、マガモ、スズガモを含む鴨や雁などの水鳥が多くみられる[3]。また、シギやチドリなどの渡り鳥が湿地などによくみられる。さらに、冬場には猛禽類であるオオワシやオジロワシも見られる時がある。
魚類
涸沼では、105種の魚類が確認されている。
涸沼は、全国的に珍しい汽水湖であるため、フナ、ナマズ、ワカサギ[3]などの淡水魚やハゼ、ボラなどの回遊魚など多種多様な魚を見ることができる。釣魚の種類が日本でもっとも豊富な湖沼として知られる。また沼ニシンの太平洋側の南限としても知られる。ニシンの南限は現在、千葉県犬吠埼付近である。
昆虫類
涸沼では、国のレッドリストで絶滅危惧I類に指定されているヒヌマイトトンボというイトトンボの一種が確認されている。
貝類
涸沼ではヤマトシジミの全国的な産地となっている。しかし、護岸工事などで年々漁獲高が低下している。
河川
歴史
縄文時代、海水面が上昇し[4]涸沼周辺では入り江であった。その後、入り江の入り口が川の土砂、那珂川の自然堤防によってふさがれ涸沼ができた。
江戸時代では、東北や那珂川流域から物資を運ぶルートとして利用され、「内川廻り」といわれるルートの一部であった。さらに水戸藩が松波勘十郎に涸沼西部の海老沢から巴川流域の紅葉まで約10kmを結ぶ「紅葉運河」や涸沼川から大貫までの約1kmを結ぶ「大貫運河」を掘らせたが失敗に終わった。
明治時代に入ってからも、大久保利通が大谷川から北浦の流入河川である鉾田川をむすぶ国家計画に着手したが、暗殺により頓挫した。いまでも鉾田市内に切り通しの跡を見ることができる。
1888年(明治21年)8月、北白川宮能久親王が御成。数日にわたって漁見物や舟遊びなどに興じた[5]。
1927年(昭和2年)より、涸沼干拓が始まり、前谷(茨城町下石崎)、広浦(大洗町神山町)、船渡(茨城町上石崎)、馬割(茨城町海老沢)、東永寺(茨城町上石崎)、宮ヶ崎と干拓され、水田として利用された。
