猿橋駅

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駅構造

南の山から見た猿橋駅(2005年8月)

島式ホーム1面2線を持つ地上駅で、橋上駅舎を有する[新聞 2]。島式ホームに相対して旧ホームが残されている。留置線を有する。有効長は当初10両編成分だったが、中央線快速電車の2階建てグリーン車2両連結した12両編成に対応するための延長工事を行い、2024年(令和6年)10月12日までにこれらの工事を全て完了し、翌日10月13日より快速電車における12両編成の運転が開始された[報道 1]

大月駅管理の業務委託駅JR東日本ステーションサービス委託)である[3]自動券売機と簡易Suica改札機が設置されている。みどりの窓口2009年平成21年)5月31日で営業を終了した。北と南それぞれに駅前広場がある。

のりば

番線路線方向行先
1 JC 中央本線 上り 高尾八王子新宿方面[7]
2 下り 大月甲府小淵沢方面[7]

利用状況

JR東日本によると、2024年度(令和6年度)の1日平均乗車人員946人である[利用客数 1]

2000年度(平成12年度)以降の推移は以下のとおりである。

1日平均乗車人員推移
年度 定期外 定期 合計 出典
2000年(平成12年)     1,773 [利用客数 2]
2001年(平成13年)     1,778 [利用客数 3]
2002年(平成14年)     1,743 [利用客数 4]
2003年(平成15年)     1,720 [利用客数 5]
2004年(平成16年)     1,733 [利用客数 6]
2005年(平成17年)     1,713 [利用客数 7]
2006年(平成18年)     1,717 [利用客数 8]
2007年(平成19年)     1,695 [利用客数 9]
2008年(平成20年)     1,668 [利用客数 10]
2009年(平成21年)     1,620 [利用客数 11]
2010年(平成22年)     1,594 [利用客数 12]
2011年(平成23年)     1,568 [利用客数 13]
2012年(平成24年) 357 1,216 1,574 [利用客数 14]
2013年(平成25年) 340 1,186 1,526 [利用客数 15]
2014年(平成26年) 346 1,122 1,469 [利用客数 16]
2015年(平成27年) 343 1,091 1,435 [利用客数 17]
2016年(平成28年) 340 1,061 1,401 [利用客数 18]
2017年(平成29年) 332 1,026 1,358 [利用客数 19]
2018年(平成30年) 321 962 1,284 [利用客数 20]
2019年(令和元年) 295 892 1,187 [利用客数 21]
2020年(令和2年) 174 669 843 [利用客数 22]
2021年(令和3年) 205 697 902 [利用客数 23]
2022年(令和4年) 240 683 923 [利用客数 24]
2023年(令和5年) 271 693 964 [利用客数 25]
2024年(令和6年) 281 665 946 [利用客数 1]

駅周辺

相模川(桂川)の右岸、南約300メートルの段丘にあり、川や線路、主要道路がほぼ東西に走る。山が数十メートル南に迫っていて、平地部分は狭く細長い。駅の北に国道20号が通る。その北に宮下橋があって桂川を渡り、そのすぐ北に百蔵橋があって葛野川を渡る。東約700メートルに葛野川と桂川の合流点があり、駅の東約1.2 kmに日本三奇橋の一つとされる猿橋と町の中心部がある。駅周辺は住宅地で、駅前商店街はなく、国道沿いに商店が並ぶ。中央自動車道猿橋バス停までは徒歩20分前後。

駅南方の山上には、パストラルびゅう桂台という分譲住宅地がある。2006年(平成18年)までは、山上との連絡にシャトル桂台という磁石を用いたモノレールが無人運転されていた。

バス路線

最寄り停留所は、駅北口ロータリにある猿橋駅前となる。以下の路線が乗り入れ、富士急バスにより運行されている。

  • 田無瀬・奈良子・浅川・畑倉・上和田・竹の向・田無瀬・小菅の湯方面/大月駅・大月中央病院前方面[8]
  • 宮谷・堀江製作所方面/大月駅・大月中央病院前方面[9]
  • 関屋・四季の丘・藤崎方面/桂台・大月駅・大月中央病院前方面[10]
  • 猿橋・鳥沢駅・山谷・新倉方面/大月駅・大月中央病院前方面[11]
  • 関屋・朝日小沢上方面/大月駅・大月中央病院前方面[12]

甲府機関庫猿橋分庫

甲府機関庫猿橋分庫は、猿橋駅に隣接して設けられた甲府機関庫の出先機関である。

歴史(猿橋分庫)

  • 1903年(明治36年):八王子機関庫職員が猿橋在勤として勤務[13]
  • 1905年(明治38年)11月:給水夫詰所(1坪5合)を新築[13]
  • 1909年(明治42年)
    • 5月:機関庫建物が新築・落成(坪数196坪余、工費28,444円)[13]
    • 9月13日:甲府機関庫猿橋分庫を設立。機関車の配置は行わず、上下列車の点検その他を業務とする[13]
  • 1913年(大正2年)
    • 4月1日:機関士をはじめとする職員40人と機関車を配置し、八王子および甲府方面ともに機関車の折り返し運転を開始する[14]
    • 5月:給水夫詰所を4坪5合増築し、6坪となる[13]
  • 1914年(大正3年):2120型2両を増加[14]
  • 1915年(大正4年)3月:重油タンクを新設(工費2,390円)[13]
  • 1918年(大正7年)10月12日:事務員1人を配置[13]
  • 1920年(大正9年)
    • 4月:炭水夫詰所に2坪2合5勺増築して休憩所と併用[13]
    • 8月:東部八王子方面にも1坪5合の簡易休憩所を設置[13]
  • 1923年(大正12年)4月1日:機関車転車台を電気動力に変更(工費2,549円)[13]
  • 1925年(大正14年)
    • 9月10日:分庫職員による仕業はこの日を最終として全仕業を八王子・甲府に分割[13]
    • 9月11日:定員改正 機関手3人・合図手2人・炭水手6人を残して、他はそれぞれ転勤となる[13]
  • 1926年(大正15年)
    • 1月22日:猿橋分庫を廃止[13]
    • 1月28日:甲府機関庫猿橋駐泊所を設置[13]。機関車への給炭水と甲府出区で折り返しとなる機関車の転向作業等を担当[13]
  • 1929年(昭和4年)9月19日:甲府機関庫猿橋駐泊所を甲府機関庫猿橋転向給炭水所と改称[13]。構内勤務機関士の駐在を免じ機関助士1名を新置[13]
  • 1931年(昭和6年)8月11日:甲府機関庫猿橋転向所と改称[13]
  • 1936年(昭和11年)1月10日:猿橋転向所を削除[13]

電化初期に果たした役割

  • 1931年(昭和6年)
    • 6月1日:甲府電化開業に際し、浅川・猿橋・勝沼に予備機関車を配置[15]
    • 7月1日:462・465・470・471・472・473列車を猿橋で八王子庫と甲府庫の乗務員乗り継ぎにより電化[15]
    • 8月11日:八王子 - 甲府間の全列車を電化。機関車を直通使用し、乗務員のみ猿橋で乗り継ぎを行う[15]

隣の駅

東日本旅客鉄道(JR東日本)
JC 中央本線
通勤特快(上りのみ)・中央特快・通勤快速(下りのみ)・快速・普通
鳥沢駅 (JC 30) - 猿橋駅 (JC 31) - 大月駅 (JC 32)

脚注

関連項目

外部リンク

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