橋本堅太郎
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生い立ち
1930年7月23日生まれ[1]。東京出身[1]。1953年、東京芸術大学彫刻科卒業(平櫛田中に師事)。
彫刻家として
1954年、日展初入選[1]、1966年、日展特選[1]。宝仙学園短期大学助教授などをへて、1973年、東京学芸大学助教授、1974年、日展審査員、1982年、教授、1990年、日展評議員、1992年、日展文部大臣賞、1994年、日本彫刻会監事、東京学芸大学を退官、名誉教授。「竹園生」にて1996年、日本芸術院賞受賞[1]。日展理事・日本彫刻会理事、1996年、日本芸術院会員[1]、1997年、日展常務理事、1998年、日本彫刻会常務理事、1999年、日展事務局長、2000年、日展理事長[1]、日本彫刻会理事長[1]。2009年、旭日中綬章受章[2]。2011年、文化功労者[1]。
死去
2021年1月31日、誤嚥性肺炎のため、東京都目黒区の病院で死去[3]。90歳没。死没日をもって従四位に叙される[4]。
作風
仏像、宗教的雰囲気の人物像などを彫る。
家族・親族
脚注
外部リンク
- 【2014年04月28日】木彫家 橋本堅太郎 「心を彫る」 - YouTube - 杉並区公式チャンネル
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日本芸術院賞受賞者 | |||||||||||||||||
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| 太字は恩賜賞受賞者。名跡は受賞時のもの。表記揺れによる混乱を避けるため漢字は便宜上すべて新字体に統一した。 | |||||||||||||||||
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