宮田亮平

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2008年

宮田 亮平(みやた りょうへい、1945年6月8日 - )は、日本金属工芸家勲等瑞宝重光章。第22代文化庁長官、第9代東京藝術大学学長。同名誉教授。パソナグループ社外取締役公益社団法人日展理事長。文化功労者日本芸術院会員。

新潟県佐渡市出身。佐渡に伝わる金属工芸「蝋型鋳金」技術保持者の二代目宮田藍堂(みやた らんどう)の三男。初代藍堂は祖父、三代目藍堂は長兄で元・東京藝大工芸科教授の宮田宏平(1926年 - 2007年)、次兄はデザイナー三重大学名誉教授宮田修平。兄二人、姉四人を持ち、家族全員芸術家の一家に育つ。次女は金属工芸家の宮田琴(東京藝大工芸科卒)。金属工芸家の山下恒雄(やました つねお、東京藝大工芸科名誉教授)の指導を受けた。

東京藝大工芸科教授として鍛金技法研究の指導に当たる一方、金属工芸家としても世界的に活動。東京藝大学長選挙時には、同郷の佐渡出身であった三浦小平次人間国宝)を中心とした新潟県人や身内で学内を統制し、学長となる[要出典]。日本のみならずドイツイスラエル韓国中国などで展覧会が催されている。

代表作にイルカをモチーフにした「シュプリンゲン(Springen)」シリーズがある[1]。故郷の佐渡島から上京する際、フェリー船上から見たイルカの群れをモチーフとしたシリーズで、世界各地で展覧会が開催されている[2]。シュプリンゲンは三越日本橋本店新館エンブレムにも採用されている[3]

かつてはカーデザイナーに憧れがあり、後に江戸開府400年記念コンセプトカーのトップマークのデザインもした[4]

2016年から文化庁長官に就任。2019年に「あいちトリエンナーレ2019」への補助金不交付問題が発生し、前任の文化庁長官だった青柳正規は、不交付を求められれば「自分だったらもちろん辞めてます」と宮田の姿勢を批判した[5]

2019年、太刀安綱(庄内藩酒井氏伝来)重要美術品認定を取り消し。日本国外に移出[6]

2010年3月から横綱審議委員会委員を務めた。2019年1月場所を途中休場した白鵬について「白鵬は本当にケガをしたのかね? そういう負け方に見えましたか? 負けが込んだから休むというのは、どうなのか」と仮病を疑うような発言をした[7]。 2020年1月27日、5期10年の任期を満了し、横綱審議委員を退任した[8]

2021年3月、文化庁長官退任[9]。8月パソナグループ取締役[10]

2022年4月、美術館連絡協議会会長に就任[11]。7月、国立工芸館顧問に就任[12]

2023年3月、日本芸術院会員[13]

2023年11月、文化功労者[14]

2025年秋の叙勲で瑞宝重光章を受章[15][16][17]

経歴

第8回日中韓文化大臣会合(2016年)

受賞歴

  • 1970年
    • 第24回「二紀展」彫刻部奨励賞
    • 東京藝術大学安宅賞
  • 1971年
    • 第25回「二紀展」彫刻部奨励賞
    • 「二紀展選抜展」佳作賞
  • 1972年 - 第11回「日本現代工芸美術展」大賞 および 読売新聞社賞、日本TV賞
  • 1979年 - 第18回「日本現代工芸美術展」文部大臣賞
  • 1981年 - 第13回「日展」特選
  • 1985年 - 「西武工芸大賞」奨励賞
  • 1996年 - 「国際ジュダイカ・デザイン・コンペティション」銅賞
  • 1997年 - 第29回「日展」特選
  • 1999年 - 朝日「海とのふれあい賞」(朝日新聞社
  • 2004年 - 「日本銅センター賞」(社団法人日本銅センター)
  • 2005年 - 第7回「瀬戸山賞」(法務省
  • 2007年 - 第46回「日本現代工芸美術展」内閣総理大臣賞
  • 2012年 - 日本芸術院賞
  • 2025年11月 - 瑞宝重光章

主な作品所蔵

日本橋三越新館エンブレム
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日本橋三越新館エンブレム

社会活動

脚注

関連項目

外部リンク

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