正徹本源氏物語
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正徹は数多くの和歌を詠むとともに源氏物語について冷泉為尹や『源氏雑抄物』等の著書のある今川了俊に学んでおり、自身も永享12年(1440年)には源氏物語の注釈書「一滴集」を著わすなどしている。正徹本奥書の記述によれば、正徹本とは冷泉家に伝わった冷泉為相所持本をもとにし、いくつかの写本を校合した本文であるとみられる。現在専修大学に所蔵されている「桐壺」巻のみの写本は、冷泉家相伝の冷泉為相本『源氏物語』の書写であるとされるが、その本文は正徹本に近いものである[1] 。現存する写本に見られる本文系統はおおむね三条西家本に近い青表紙本であるが、ほかの青表紙本に見られない異文が含まれていることもある[2]。吉澤義則は正徹本を源氏物語の流布本が河内本から青表紙本に変わっていく際の転換点にあたる伝本であるとしている[3]。上原作和は、正徹本系統の本文を、「定家卿本」として巷間流布していた青表紙本系の中の「定家自筆本、明融本、大島本」(第一類)、「榊原家本、横山本」(第二類)に次ぐ、第三類の流布本系の可能性があるとしている[4]。
現存する写本
校本への採用
校異源氏物語及び源氏物語大成校異編への採用は無い。なお、池田亀鑑が校異源氏物語を作成した際の資料に図書寮蔵正徹本及び徳本正俊氏蔵古写本の校合書入本や正徹本(当時どこに所蔵されていたものかは不明)の校合書入本等があるため、ある時期までは正徹本が対象になっていたとみられる[16]。加藤洋介は、源氏物語大成校異篇に収録されていない定家本(青表紙本)の校異を調査して作成した「定家本源氏物語校異集成(稿)」おいて、第01帖 桐壺、第02帖 帚木、第03帖 空蝉、第04帖 夕顔、第05帖 若紫、第08帖 花宴、第09帖 葵、第10帖 賢木、第11帖 花散里、第12帖 須磨、第13帖 明石、第14帖 澪標、第15帖 蓬生、第16帖 関屋、第17帖 絵合、第18帖 松風、第22帖 玉鬘、第29帖 行幸、第30帖 藤袴、第31帖 真木柱、第34帖 若菜上、第35帖 若菜下、第36帖 柏木、第37帖 横笛、第38帖 鈴虫、第39帖 夕霧、第40帖 御法、第41帖 幻、第42帖 匂宮、第44帖 竹河、第47帖 総角、第48帖 早蕨、第51帖 浮舟、第53帖 手習について宮内庁書陵部所蔵の正徹本の校異を採用している[17]。