1956年のテレビ (日本)

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1956年のテレビ(1956ねんのテレビ)では、1956年昭和31年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

NHKが4地域で、民放が大阪と愛知で初の開局。


日本テレビが日本初の早朝放送を開始。

8月19日午前6時30分から開始。その際、自社のテレビ画面に初めて時分テロップ表示を入れる


日本の映画会社5社の「五社協定」が、テレビへの劇映画提供打ち切り等にも及ぶ。

同協定を締結している邦画5社(東映東宝松竹大映新東宝)がテレビの影響力を恐れ、10月1日、テレビへの劇映画提供を打ち切ると同時に、各社専属俳優のテレビ出演を制限。このため、テレビ各局はアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国テレビ映画を購入する方向へと向かうこととなる。


テレビ番組


技術
  • NHK放送技術研究所が、NTSC方式によるカラーテレビ放送の一般公開を実施。10月初旬には初めてスタジオカラーカメラを使ったカラー生番組の伝送公開を行ったり、12月20日には同方式でのUHFカラーテレビ実験局を開局。翌年12月28日には日本テレビと共に、通常のVHFテレビ放送を使っての同実験局が開局する。
  • 北海道放送にて、テレビ局開局の前に、有線によるテレビ放送を実施。


その他

3月3日東京愛宕山旧東京放送局跡地に、恒久施設NHK放送博物館」が開館


できごと

1月
2月
  • 17日 - 郵政省、「テレビジョン放送用周波数の割当計画基本方針」を決定、6チャンネル制によりテレビの全国普及を目指す(当時VHF1、2チャンネルは米軍専用)。[2][3]
  • 月内 - 日本テレビがニュースフィルム専用現像所を完成。[2]
3月
  • 1日 - 日本テレビが株式の店頭売買を開始。[2][3]
NHK放送博物館開館(東京愛宕山、2005年撮影)
4月
『テレビぴよぴよ大学』(KRテレビ)
  • 26日 - KRテレビ、自社のラジオ番組『ぴよぴよ大学』がテレビと同時生放送となり、『テレビぴよぴよ大学』として放送開始( - 1960年3月25日)。
  • 28日 - KRテレビ、米テレビ映画『カウボーイGメン(原題:Cowboy G-Men)』放送開始。日本で放送された最初の外国テレビ映画となる[2]
  • 月内 - NHK、全国120の幼稚園・小学校・中学校に、テレビ学校放送番組の研究を委嘱。[2]
5月
6月
  • 1日 - 日本テレビ、一昨日のNHKに続き、歌舞伎座から京劇公演を中継。[2]
  • 4日 - NHK、テレビ番組改定。番組内容の充実をはかり、定時放送時間が5 時間40分となる。[2]
  • 14日 - 民放連が「日本民間放送連盟放送基準」改正(取扱い要領を吸収)、翌7月に施行。[2][12]
  • 23日 - 日本テレビ、トーク番組『雨・風・曇』放送開始。1959年11月からは番組名が『春夏秋冬』に変更され、1982年3月28日まで続く長寿番組となった。[2][12]
7月
  • 1日 - NHK、米CBS制作のテレビ映画 『口笛を吹く男』放送開始( - 1957年4月30日 全39回)。[2][13]
  • 3日 - NHK、同月8日に投票が行われる第4回参議院議員通常選挙のキャンペーン放送をテレビで初めて実施。[2]
  • 6日 - 民放連、テレビチャンネルプランに対する要望書を郵政大臣に提出。[2]
  • 810日 - NHK及び民放、第4回参議院議員通常選挙の開票速報を行う。NHKでは全国区を自治庁発表の得票数により、地方区は自主取材で速報を伝える。[2]
  • 17日 - NHK、同月9日にNHKが招へいして来日した、視聴覚教育の権威である米オハイオ州立大学エドガー・デール教授を招き、特別番組『エドガー・デール博士と視聴覚教育』を放送[14]。同教授は来日中に放送教育研究会全国連盟と共催し、同月19日から翌々月(9月)13日まで全国8都市で講演会を行った。[2]
  • 23日 - 日本テレビ、自社の第4スタジオが完成。翌日まで同スタジオ完成記念番組として、豪華ショー『唄う超特急』と舞台劇『大尉の娘』を放送。[12]
8月
  • 12日 - NHK、戸田漕艇場(戸田コース)から放送の『第34回全日本競漕選手権大会実況 - 京大対慶大』[15]にて、携帯カメラ(NHK技研製 ウオーキールッキー)を自動車上に据え付け、移動撮像を実施。[2]
  • 19日 - 日本テレビがこの日の午前6時30分から、日本初のテレビ早朝放送を開始。その際、自社のテレビ画面に初めて時分テロップ表示を入れる[2][12]
9月
10月
11月
中部日本放送(CBC)テレビ放送開始(12月1日。写真は放送開始前日に完成したCBC会館(名古屋市新栄)、2005年撮影)
12月
  • 1日
  • 2日 - KRテレビ、日曜夜の単発ドラマ枠東芝日曜劇場』放送開始(2025年現在は連続ドラマ枠『日曜劇場』として継続中)。第1回作品は『舞踊劇 戻橋』。[2][4][27]
  • 18日 - 郵政省、「テレビジョン放送用周波数の割当計画基本方針」の修正案等を電波監理審議会に諮問。テレビのチャンネル数を6チャンネル制から11チャンネル制にすることや、NHKテレビの全国普及を第1とし、これに民放テレビの並立を策定するのが主な内容。[2]
  • 20日 - NHK放送技術研究所が、日本初のUHFテレビ局であるNTSC方式のカラーテレビ東京実験局を開局(周波数:671Mc、出力 映像:80W)。[2]
  • 22日 - NHK札幌放送局でテレビ局が開局(呼出符号:JOIK-TV 出力 映像:5kW)。[2]
  • 31日 - 日本テレビ・KRテレビ・OTV・CBCの民放4局で、精工舎(後のセイコーホールディングス)一社提供の大晦日特番ゆく年くる年』第1回放送(この年はKRテレビが制作)[2][4]。以後毎年の恒例となり、1988年度まで続いた。


開局・放送開始


テレビ番組

参考文献

脚注

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