1971年のテレビ (日本)
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1971年のテレビ(1971ねんのテレビ)では、1971年(昭和46年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。
- 11月25日、カラー受信契約数が1000万を突破。
- テレビ番組
- この年の2月1日(日本時間)に打ち上げられたアポロ14号に於いて、月面活動の模様が初めてカラーで中継される(後述)。
- 放送音楽プロデューサー連盟主催の音楽授賞イベント、『輝け!!日本歌謡大賞』のテレビ中継が開始。
- 朝日放送の『新婚さんいらっしゃい!』が放送開始。1975年のネットチェンジを経て、2025年7月現在も放送継続中の同社の看板番組となる。
- フジテレビ系、子供番組『ママとあそぼう!ピンポンパン』が番組名を『みんなであそぼう!ピンポンパン』から1年半ぶりに復帰した10月、番組の毎回最後に『ピンポンパン体操』が登場し大ヒット、レコード化され、最終的には累計で約260万枚を売り上げ、翌1972年大晦日恒例の『第14回日本レコード大賞』(TBS系で放映)にて「童謡賞」を受賞。体操と共に、番組も一般大衆に一躍広く知られる様になった。
- NHK教育
- 幼稚園・保育園向けの工作・教育番組『できるかな』で、4月の新年度から「ノッポさん」こと高見映(後の高見のっぽ)が登場。3年後に登場する2代目のキャラクター「ゴン太くん」と共に、番組の顔として親しまれる様になる。
- 米の子供向け番組『セサミストリート』が放送開始。最初から最後まで吹き替えも字幕も全くなしの日本での全編英語放送は異例だった(1998年度から日本語と英語の2か国語放送を開始)。当初は学校の長期休み時のみの放送だったが、翌1972年4月9日からレギュラー放送化、前述の『できるかな』と共に、教育テレビの看板番組の1つとなり、その後中断を挟みBSでの放送に移るも後に教育テレビに戻り、NHKでは2004年4月3日まで続く長寿番組となった(番組はその後テレビ東京系列で日本語版(英語は副音声)として3年間放送された)。
- 徳島県の四国放送(日本テレビ系)が、朝のローカル情報番組『おはようとくしま』を放送開始。朝のローカル番組としては2011年まで40年の長きに渡り放送される長寿番組となった。
- 富山県の北日本放送(日本テレビ系)が、ローカル局で初めて夕方の時間帯にワイドニュース番組『チャンネル1』を放送開始。1988年まで続く長寿番組となる。
- 局の看板となる、以下の番組が放送開始又は終了。
- 開始
- 日本テレビ:『TVジョッキー』、『ごちそうさま』、『スター誕生!』
- TBS:『モーニングジャンボ』
- フジテレビ:『ゴールデン洋画劇場』、『火曜ワイドスペシャル』
- 朝日放送:『シャボン玉プレゼント』
- 毎日放送:『仮面ライダー』(仮面ライダーシリーズ第1作)
- 終了
- 開始
- カラー放送化
- この年はNHK教育テレビを除き、全国放送の全面カラー化への総仕上げの時期に入る。そのため、前年に続きモノクロ番組のカラー化が顕著な年となる。
- NHK教育テレビを除き、キー局のテレビ番組のほとんどがカラー放送となる。地方局のローカル番組・設備等も相次いでカラー化が進む。
- 10月10日、NHK総合テレビの全国放送が全時間に於いてカラー化(一部例外を除く)[1][2]。
- NHKは新年度に入る4月から、総合テレビでは後述の番組を除き全面カラー放送となり[3]、1日当り5時間40分もカラー時間増を実施[4]。『日本ところどころ』も一部取材がカラー化、『NHKのど自慢』も随時カラー放送を開始。教育テレビでは、小学校向けの学校放送番組を中心にカラー化を促進した[5]。
- その後総合テレビは、10月の改編期迄には、全ての地方局がカラーフィルムによるニュース取材を開始し、ニュース番組内の素材まで全面カラー化。10月3日には名古屋放送局制作の『中学生群像』がカラー化。10月改編期(この年は10月4日開始)になると、それまで随時カラー放送だった帯番組『明るい農村』、『婦人百科』が漸く毎回カラー化、10月10日に『NHKのど自慢』が毎回カラーになったのを最後に、同テレビの全国放送番組の全面カラー化を完了した(NHKの公式発表による)[2]。尚、『日本ところどころ』は10日は特別編成の為お休み、17日放送回から全取材がカラー化された。
- 平日の朝・昼の帯番組(再放送を除く)のカラー化が一気に進む。
- 日本テレビ系『ミユキ野球教室』、NET『土曜ショー』『題名のない音楽会』、サンテレビ『サンテレビボックス席』等もこの年にカラー化された。
- 新聞の番組表のカラー表記がなくなり始める。
- 視聴率
番組関係のできごと
モノクロ表記がない限り、全てカラー放送。
1月
- 1~3日 - NHK総合、正月の長時間討論番組『70年代の選択』を、3日間に渡って放送。1日は「成長と福祉」、2日は「新段階の日中関係」、3日は「岐路に立つ防衛」を各回2時間ずつ放送した[1][8]。
- 3日
- 1月5日 - NET、三船プロダクションと共同制作のドラマ『大忠臣蔵』開始。主演は三船敏郎。巨額の製作費を投入、1年間続く「民放の大河ドラマ」と言われた( - 12月28日)。
- 10日 - 日本テレビ系の日曜昼枠で公開バラエティ番組『TVジョッキー』放送開始。「奇人・変人」などの企画が人気を集めた( - 1982年12月26日)。
- 11日 - 日本テレビ系の平日昼枠で、高島忠夫・寿美花代夫妻の司会による料理番組『ごちそうさま』放送開始(味の素一社提供)[1]。1998年3月31日まで27年余続く長寿番組となった。
- 11~14日 - NHK総合、『海外ドラマシリーズ』の第1回を、4日間に渡り放送[1]。11日は米CBS制作の『わが父と母』[12]、12日はフランス放送協会(ORTF)制作の『赤い車』[13]、13日はイタリア放送協会(RAI)制作の『悪徳』[14]、14日はチェコスロバキア国営テレビ放送制作の『晴雨計』[15]が各々放送された。
- 30日 - フジテレビで、1月24日に日本武道館で行われたザ・タイガースの解散コンサート「ザ・タイガース・ビューティフル・コンサート」の模様を放送。
- 31日
2月
- 1日~10日(日本時間) - NHK総合で、アポロ14号の打ち上げから月面活動を経て着水までの模様を、特別番組やニュース等にて放送。ここで、月面活動の模様が初めてカラーで中継される[16]。
- 2日 - NHK総合、『NHK特派員報告』にて、この日から4週に渡り「市民と住宅」を放送。日本の大都市で住宅の購入が困難な状況を受け、他国と比較して今後のこの問題の展望等を考えていく内容[1][17]。
- 9日 - NHK総合、「札幌国際冬季スポーツ大会」の男子滑降競技に於いて、同競技で初めて全コースにてカラー中継を行う[1][18]。
- 21日 - 日本テレビ系で森田健作主演の学園ドラマ『おれは男だ!』(松竹制作)が放送開始( - 1972年2月13日)。
- 28日 - 朝日放送・TBS系の"香川登志緒脚本・藤田まこと主演"による上方コメディ『てなもんや二刀流』がこの日終了、これにより1962年5月開始の『てなもんや三度笠』以来9年弱続いた『てなもんやシリーズ』が終了。そして翌3月7日より、同じ「香川・藤田」コンビによる現代コメディ『スコッチョ大旅行』( - 9月26日)を開始するが、わずか7ヶ月で終了し、ここに事実上「香川・藤田」路線は終了した。
3月
- 1~6日 - NHK総合、朝の情報番組『スタジオ102』(同番組ではモノクロ放送最後期)で、前月の2月9日に米ロサンゼルス市で発生した「サンフェルナンド地震(英語版)」を受け、「都市と大地震」というテーマで6日間に渡り特集[1]。ちなみに同番組は、この直後の同月8日からカラー放送となった[19]。
- 9日 - NHK総合、前述の「サンフェルナンド地震」を受け、通常番組を休止し、特別番組『マグニチュード6.6の教訓 ―ロサンゼルス地震取材報告―』を放送[1][20]。
- 22日 - NHK総合、放送記念祭特集として、自然環境破壊に関するフィルム構成のドキュメンタリー『けやきの証言』を放送[1][21]。
- 23日 - NHK総合、NHKが招へいした、アポロ計画推進者で米航空宇宙局計画担当次長、ヴェルナー・フォン・ブラウンを迎え、特別番組『私と宇宙開発』を放送(東京・大阪は2か国語放送)。番組には、「日本の宇宙開発・ロケット開発の父」と呼ばれる糸川英夫も出演した[22]。尚ブラウンはその後、同月27日に東京、4日後の31日に大阪で各々講演会を行った[1]。
- 25日 - フジテレビ系で野球バラエティ番組『オールスター夢の球宴』を『テレビグランドスペシャル』枠(第2期)で放送(選手宣誓:坂本九、始球式:大空真弓)。翌1972年からは後述の『火曜ワイドスペシャル』に移動し、1978年3月まで続いて一旦中断[注 5]、その後1981年3月より再開し、1995年まで継続する。
- 27日 - TBS系で1969年10月4日に放送開始したザ・ドリフターズの公開バラエティ番組『8時だョ!全員集合』がこの日の放送をもって半年間休止(後述の『日曜日だョ!~』放送にともなう)[23]。
- 29日 - 春の改編期に伴いこの日から、日本テレビ系『お昼のワイドショー』と、TBS系の『ポーラテレビ小説』(この日から放送を開始した第6作『お登勢』)の2つの平日昼間の帯番組が共にカラー化[24]。
4月
- 2日
- 3日
- TBS系土曜20時枠、休止中の『8時だョ!全員集合』のピンチヒッターとして、ハナ肇とクレイジーキャッツをメインにした『8時だョ!出発進行』を放送開始( - 9月25日)[23]。
- 毎日放送・NET(後のテレビ朝日)系土曜19時30分枠で、石ノ森章太郎原作の特撮ヒーロードラマ『仮面ライダー』放映開始(全98話、- 1973年2月10日)[1]。2025年現在も続く仮面ライダーシリーズ[注 7] の第1作。なお主演の「仮面ライダー1号・本郷猛」役の藤岡弘が収録中のバイク事故により第13話「トカゲロンと怪人大軍団」(6月26日放送)で一時降板(1972年4月より主役復帰)。
- 四国放送(JOJR〈後のJRT〉、徳島県・日本テレビ系)で朝のローカル情報番組『おはようとくしま』が放送開始。朝のローカル番組としては2011年3月31日[注 8] まで40年の長きにわたり放送された。
- 4日 - 日本テレビ系日曜19時枠で、ザ・ドリフターズのバラエティ番組『日曜日だョ!ドリフターズ!!』を放送開始( - 10月17日)[23]。
- 5日
- 6日 - フジテレビ系火曜20時 - 21時26分枠で単発特別番組枠『火曜ワイドスペシャル』が放送開始。同年9月28日で一旦終了するが、翌1972年4月4日より同枠で再開、その後枠縮小(21時25分→21時24分終了)や、1981年10月からの30分繰上げ(19時30分〜20時54分)と変遷を繰り返し、1997年9月23日まで継続。この間、『ドリフ大爆笑』・『オールスター紅白大運動会』・『オールスター水泳大会』(夏は『紅白水泳大会』、冬は『寒中水泳大会』)・『ものまね王座決定戦』などといった名物企画が誕生する。なお番組はその後復活を繰り返し、2004年4月13日開始の『カスペ!』(19時00分〜20時54分)となり、2015年3月まで続く。
- 7日 - NHK教育、幼稚園・保育園向けの工作・教育番組『できるかな』が、この日の年度初の放送「大きいボール・小さいボール」からリニューアルされ、「ノッポさん」こと高見映(後の高見のっぽ)と初代キャラクターのペアが出演、女性が裏で語りかけるスタイルになる[27][28]。「ノッポさん」こと高見は、『なにしてあそぼう』(1966年4月12日 - 1970年3月28日)以来の出演。初代キャラクターはロボットみたいなので1973年度まで活躍(毎回作る物に合わせて名前が変わっている)、1974年度から2代目のゴン太くんが登場して番組のスタイルが定着する。ちなみにノッポさんは、番組内では1990年3月9日放送の最終回以外は全く声を出さないスタイルで放送され続けた。
- 8日 - NHK総合、『海外取材番組』にて「東南アジア-その開発と日本」が放送開始( - 5月13日、全6回)[1]。
- 13日 - いずれもNHK総合
- 16日 - NHK総合、『天皇・皇后両陛下原爆慰霊碑ご参拝』を、広島平和記念公園から中継[1][32]。
- 20日 - 兵庫県の独立局サンテレビがこの日、同年3月にカラー中継車を導入したのを受け、同局の看板番組『サンテレビボックス席』のこの年最初の放送(阪神甲子園球場での「阪神タイガース 対 ヤクルトアトムズ」戦)から、同番組のカラー放送を開始[33]。
- 28日 - NHK総合、ドキュメンタリー番組『70年代われらの世界』で、「下村博士の物価論」を放送。経済学者の下村治の考えを視聴者から求めるために視聴者も電話で討論に参加、特別の電話回線を準備し、約3万件の電話があった[1][34][35]。
5月
- 1日 - 千葉テレビ放送が13時50分に開局・本放送を開始[1][36]。開局記念特番として14時よりプロ野球中継「ロッテオリオンズ対東映フライヤーズ」(東京スタジアム)を放送[37]。
- 3日 - NHK総合、ゴールデンウィークの特集番組としてこの日、社会時事討論番組『現代社会と裁判』[38]、『水・空気・太陽 - 環境権を考える』[39]を放送[1]。
- 20日 - NHK総合、『海外取材番組』で「世界の家族」が放送開始( - 7月1日、全6回)[1]。
6月
- 6日 - 朝日放送・TBS系(当時)『新婚さんいらっしゃい!』の司会者に桂三枝(後の六代 桂文枝)がこの日の放送から就任。後年、三枝(文枝)は2015年に「同一司会者によるトーク番組の最長放送」としてギネス世界記録に認定[40]、2022年3月に司会を卒業する[41] まで51年もの長きに亘り番組の顔として親しまれた。
- 12日
- NHK総合及び民放各社、同月27日に第9回参議院議員通常選挙が行われるのに際し、参院選では初のテレビ政見・経歴放送を開始[1]。
- 参議院では初の政見放送を開始するに当り、NHK放送世論調査所が同放送の視聴実態などを調査。その結果、同放送を見た人は朝30%、夜39%となった[1]。
- TBSでスポーツバラエティ番組『歌謡スター紅白大運動会』を14:30 - 15:56枠で放送。先述の『オールスター紅白大運動会』と同じ芸能人対抗運動会で、日本コロムビア所属歌手と日本ビクター所属歌手が戦うというもの。翌1972年には9月23日に『第2回オールスター紅白大運動会』(フジ版と全く同じ)として放送した後、1974年1月3日から『新春オールスター大運動会』として正月番組に変更、出場レコード会社を6→8→10社と増やしながら1987年まで放送する(1987年は紅白対抗に変更)。なお収録場所はこの回のみ日本武道館で、次回から東京体育館となる。
- NHK総合及び民放各社、同月27日に第9回参議院議員通常選挙が行われるのに際し、参院選では初のテレビ政見・経歴放送を開始[1]。
- 17日 - NHK総合及び民放各社、この日行われた「沖縄返還協定調印式」の模様を特別番組として放送。東京・首相官邸とワシントンの国務省で同時に行われた調印式の模様を衛星中継で放送する。同模様は、NHKが米側の取材・日本送りを担当、民放各局にも配信。日本側取材・米国送りはTBSが担当した[注 9][1][42]。
- フジテレビ系では、この中継中に併せて、プロ野球ナイター「広島対巨人戦」をワイプ方式で同時中継放送[1]。
- 19日 - NHK総合、国際連合児童基金(ユニセフ)創立25周年とTELECOM'71記念として特別番組『世界衛星中継「世界のこども」』を放送。番組にはスイス、カナダ、イラン、コロンビア、チュニジア、ブラジル、アメリカ合衆国、オーストラリア、日本、スペインの計10か国が参加、各国を結んで放送した(総合司会:ダニー・ケイ)[1][43]。
- 27~29日 - NHK総合及び民放各社、27日に行われた第9回参議院議員通常選挙の開票速報を放送[1]。
- NHK総合では、コンピューターによる開票速報の全オンライン化を実施[1]。
- 30日 - NHK総合及び民放各社、イタイイタイ病裁判の第1審判決公判が富山地方裁判所で行われるのに際し、関連番組を放送[1]。
7月
- 1~2日 - NET系、朝のワイドショー番組『奈良和モーニングショー』で、1949年に起きた「弘前大教授夫人殺し事件」の自称真犯人が、同月1日に番組内ですりガラスを隔てて告白[1]。翌2日にはそれを受け、当初犯人とされて服役を終えた当人が親子で出演[注 10]。これが契機で、当初犯人とされた人は再審を請求、後に無罪を勝ち取ることとなる(同事件の項目も参照)[46]。
- 3日
- 5日 - 朝日放送・TBS系の平日昼枠(13:00 - 13:15[注 11])[注 12]牛乳石鹸共進社一社提供[注 13] の音楽バラエティ番組『シャボン玉プレゼント』放送開始。司会は漫才師の西川きよしで、後に妻の西川ヘレン、海原千里・万里(千里は後の上沼恵美子)とのパートナーを経て、1977年から横山やすしとのコンビ(やすきよ)となった( - 1986年3月28日)。
- 8日 - NHK総合、『海外取材番組』にて、「アラブの世界」が放送開始( - 8月12日、全6回)[1]。
- 11日 - 日本テレビ系、プロ野球中継の日曜ナイター「巨人 対 中日」戦(於:後楽園球場)が放送時間終了になっても試合が終了しなかった為、次の番組である時代劇『怪奇十三夜』内で、日本テレビでは同ナイター中継をワイプ方式で放送。これに対し翌月(8月)13日に、映画監督・シナリオ作家などの8団体が著作権侵害を理由に、「ワイプナイター」の中止を日本テレビに申し入れる事態となる[1]。
- 21日 - NHK教育、学校の夏休みに放送している同テレビ毎年恒例の「夏のテレビクラブ」にて、米チルドレンズ・テレビジョン・ワークショップ(CTW、2000年からはセサミワークショップに改称)制作による子供向け英語番組『セサミストリート』が放送開始[1]。最初から最後まで吹き替えも字幕も全くなしの日本での全編英語放送は異例だった。後に同年の冬休みの「冬のテレビクラブ」でも放送、翌1972年4月9日からレギュラー放送となり、途中中断やBSでの放送に移行するも後にNHK教育に復帰、1998年4月11日からは日本語と英語の2か国語放送を開始、NHKでは2004年4月3日まで続く長寿番組となった。番組自体はその後テレビ東京系に移り、日本語版として2004年10月10日から2007年9月30日まで放送された(2か国語放送、オリジナルの英語は副音声で放送)。
- 30日 - NHK総合及び民放各局、この日の14時05分頃、岩手県岩手郡雫石町付近の上空で全日本空輸旅客機と航空自衛隊訓練機による空中衝突事故(全日空機雫石衝突事故)が発生したのを受け、通常番組を休止し報道特別番組を放送[1]。
- 31日~8月1日(日本時間) - NHK総合で、アポロ15号の第1回月面活動を、月面からの衛星中継にて放送[1][50][51]。
8月
- 2日 - 日本テレビ系、CMが主役のバラエティーショー『CM博士の大冒険』放送[1]。
- 6日 - TBS系『帰ってきたウルトラマン』、この日放送の第18話「ウルトラセブン参上!」(本来7月30日放送予定が、前述の航空事故の報道特番により休止)のメインタイトル部で、主役「郷秀樹」役の団次郎(後の団時朗)によるナレーションで、前週休止の御詫びのコメントが添えられた。
- 17日 - NHK教育、『第1回全国中学校相撲選手権大会』を、蔵前国技館から放送[1]。
- 26日 - NHK総合、『海外取材番組』で「海と人間」が放送開始( - 9月30日、全6回)[1]。
9月
- 10日 - TBS系『帰ってきたウルトラマン』のMAT隊長役が、4月の放送開始当初から前週放送の第22話「この怪獣は俺が殺る」まで出演した「加藤勝一郎」役の塚本信夫に替わり、この日放送の第23話「暗黒怪獣星を吐け!」より「伊吹竜」役の根上淳が登板。根上は最終回まで出演した。
- 25日 - よみうりテレビ・日本テレビ系土曜19時台前半で、赤塚不二夫原作のホームギャグアニメ『天才バカボン』(第1作)が放送開始( - 1972年6月24日)。
- 27日 - フジテレビ系月曜20時台前半で放送されていたロート製薬一社提供番組『万国びっくりショー』がこの日、直後の月曜20時台後半で放送されていた『世界の秘密』と「統合」という形で、4年弱の幕を降ろす。
- 29日
- NHK総合及び民放各社、新潟県阿賀野川水銀中毒(新潟水俣病)裁判の第1審の判決が9時30分に新潟地方裁判所で言い渡されるのを受け、特別番組や通常番組内での特別枠を設けて放送[1]。これらの特番では新潟だけでなく、水俣病で苦しんでいる熊本県水俣市等からの中継も入れる局もあった[52][53]。
- NHK総合では、9時から2時間の特別番組『「水銀裁判」(阿賀野川水銀裁判第1審判決)』を新潟地裁前、熊本県水俣市、三重県四日市市、被告である昭和電工(現・レゾナック・ホールディングス)の本社、環境庁からの中継を入れて放送[52][54]、13時からは新潟地裁からの中継を入れて『阿賀野川水銀裁判・判決をめぐって』を[52][55]、21時55分からは『阿賀野川水銀裁判の意味』[52][56]をそれぞれ放送。尚放送当時、地方からの中継はスタジオカラーカメラ・カラー中継車を所有していなかった地方局もあった為、NHK放送センターらがそれらを調達してカラー中継を行った。
- TBS・JNN系列は、平日朝のワイドショー番組『モーニングジャンボ』では、放送時間を10時25分まで特別延長し、9時20分から特集としてJNN報道特別番組『新潟水俣病判決下る』を、新潟放送(BSN)・熊本放送(RKK)の制作協力で、新潟地裁前、新潟市津島屋の被災者の自宅、熊本県水俣市からの中継を入れて放送。BSN・RKKを含め同番組をネットしている地方の多くのJNN系列局は、普段は午前8時半に飛び降りし、それから1時間はNETの『奈良和モーニングショー』を放送しているが、この日はその後の9時30分から再び飛び乗りして報道特番の番組名として放送。又、夕方のニュース番組『JNNニュースコープ』内でも特集を組み、23時からの『JNNニュースデスク』では、キャスターである新堀俊明が新潟から放送を行った[52][53]。尚地方からの中継ではNHKと違い、BSN・RKK共この時点で既にスタジオカラーカメラ、カラー中継車を導入。新潟では中継車の不足分はTBSが調達した。
- フジテレビ系列は、平日朝のワイドショー番組『小川宏ショー』をこの日は「特集・生命」として、新潟地裁からの中継を入れて放送。NST新潟総合テレビでも同時ネット[52][53]。
- 日本テレビ系列は、平日朝のワイドショー番組『金原二郎ショー』の後半、正午の『NNNワイドニュース』に於いて新潟地裁からの中継を入れて放送[52]。これらの番組は新潟の民放でのネット放送がない為[注 14]、自社で新潟地裁までカラー中継車を出動させ、そこから直接電電公社のテレビ中継回線を使って中継した。
- NET系列は、15時30分から特別番組『新潟水俣病裁判判決をめぐって』を放送。現地の裁判の模様や、患者・関係者の反響を伝えると共に、現地レポートや座談会で今回の判決の問題点、今後の訴訟への影響等を探った[52]。
- 天皇・皇后がヨーロッパ訪問でベルギーに到着。その模様を、NHK総合、NET系で衛星中継。NHK総合では、『夜7時のニュース』内で中継放送。NET系では、19時から特別番組『両陛下ベルギー王国ご到着』を30分間放送[57]。
- NHK総合及び民放各社、新潟県阿賀野川水銀中毒(新潟水俣病)裁判の第1審の判決が9時30分に新潟地方裁判所で言い渡されるのを受け、特別番組や通常番組内での特別枠を設けて放送[1]。これらの特番では新潟だけでなく、水俣病で苦しんでいる熊本県水俣市等からの中継も入れる局もあった[52][53]。
- 30日 - フジテレビ系、1968年4月1日から3年半続いた平日正午の帯番組『お昼のゴールデンショー』(モノクロ)がこの日で終了[58]。翌日からは、カラーの新番組『ハイヌーンショー』に変わる。
10月
- 1日 - いずれもフジテレビ系
- 2日 - TBS系『8時だョ!全員集合』が半年間の休止期間を終え、この日より放送再開。1985年9月28日まで続く人気番組となる[23]。
- 3日 - 日本テレビ系でタレントオーディション番組『スター誕生!』放送開始[1]。花の中三トリオ(森昌子・桜田淳子・山口百恵)やピンク・レディーなどの人気歌手を輩出。初代司会者は萩本欽一(コント55号)[注 15]( - 1983年9月25日)。
- 4日 - フジテレビ系、子供番組『みんなであそぼう!ピンポンパン』がこの日から当初の番組名『ママとあそぼう!ピンポンパン』に1年半ぶりに復帰。そして番組セットも「野原」をイメージしたお馴染みのセットに変更、マイナーチェンジを続けながら1982年3月31日放送の最終回まで使用された。
- この頃から、番組の毎回最後に『ピンポンパン体操』を体操のお兄さん金森勢と番組に出演している視聴者の子供達及びその母親と一緒に踊る様になり、これが大人気となり視聴者の問い合わせが殺到したため、同年12月25日にレコード化、発売から約2週間で30万枚以上、最終的には累計で約260万枚を売り上げ[61][62]、翌1972年大晦日恒例の『第14回日本レコード大賞』(TBS系で放映)にて「童謡賞」を受賞(「ピンポンパン体操#1971年版」の項目を参照)。体操と共に、番組も一般大衆に一躍広く知られる様になった。
- 7日 - NHK総合、『海外取材番組』で「若い指導者」が放送開始( - 11月11日、全6回)[1]。
- 8日 - NHK総合、 風刺をきかせ現代感覚で演出した時代劇『天下御免』放送開始( - 1972年10月6日、全46回。作:早坂暁、音楽:山本直純、演出:岡崎栄、出演:山口崇・林隆三 ほか)[1]。
- 9日 - NHK総合、翌年2月に開催される「札幌冬季オリンピック」関連の番組『オリンピックアワー』放送開始( - 1972年1月29日)。番組では同オリンピックを成功させる為に、冬季スポーツ競技の関心を深めると共に、欧州・北米の海外取材を含め、選手の競技に精進する姿も取材した[1][63]。
- 10日 - いずれもNHK総合
- 22日 - 東京12チャンネル、『スクープ!!』にて「予告・爆弾時代」を放送。しかし警視庁が翌11月4日、この回の放送が爆発物取締罰則に抵触すると警告した[1]。
- 24日 - よみうりテレビ・日本テレビ系日曜19時台後半でモンキー・パンチ原作のテレビアニメ『ルパン三世(第1作)』が放送開始( - 1972年3月)。ルパンの声を担当した山田康雄は1995年3月に死去するまで務めた(2025年現在は栗田貫一が務めている)。
- 25日 - NHK総合、『午後7時のニュース』の全国放送の部分に於いて、音声多重実験放送の2か国語放送(副音声は英語)を東京・大阪にて開始[1][67][68](同実験放送終了の1973年12月9日まで[注 17][69][70])。
- 26日 - NHK総合及び民放各局、中華人民共和国の国連参加決定を受け、国連本部から衛星中継、特別番組を放送[1]。
- 30日 - 日本テレビ系、『NNNワイドニュース』がこの日から毎週土曜日はニュースショー的構成に改める。この日は初回として「仮説・日中国交回復」を放送[1]。
11月
- 11日 - 放送音楽プロデューサー連盟主催の音楽授賞イベント『輝け!!日本歌謡大賞』のテレビ中継をこの年から開始。この日、東京・新宿の京王プラザホテルで行われた第2回授賞式の模様を東京12チャンネル(後のテレビ東京)で生中継。総合司会は前田武彦が務め、大賞は藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」が輝いた。以後毎年各局(フジテレビ・日本テレビ・NET→テレビ朝日・12ch→テレ東)持ち回りで放送、総合司会も1973年(第4回・日テレ系)から高島忠夫に交代(最終回まで21年間担当)、1993年の第24回(フジ系)まで23年間続く。
- 13日 - NHK総合、第26回芸術祭参加のセミドキュメンタリードラマ『さすらい』放送(構成・演出:佐々木昭一郎、出演:安仁ひろし・友川かずき ほか)[71]。同年の芸術祭大賞を受賞[1][72]。
- 14日 - NHK総合、『海外リポート』で「朝鮮民主主義人民共和国」を放送。同国の金日成首相(当時)と東京都の美濃部亮吉知事(当時)の会談や、同国の実情を紹介[1][73]。
- 15~19日 - NHKの近畿・中国・四国の各地域の基幹局である大阪・広島・松山の各放送局が共同で特別番組『よみがえれ瀬戸内海』を制作、近畿・中国・四国地域の総合テレビにて放送[1]。
- 17日 - NHK総合、特別番組『沖縄返還協定強行採決』放送[1][74]。
- 18日 - NHK総合、『海外取材番組』で「医療」が放送開始( - 12月23日、全6回)[1]。
12月
- 5日 - フジテレビ系で円谷プロ制作の特撮ドラマ『ミラーマン』が放送開始( - 1972年11月26日)。
- 24日 - TBS系ドラマ『ザ・ガードマン』(大映テレビ制作)がこの日放送の第350回をもって終了、6年9ヶ月にわたる歴史に幕。
- 31日
- NHK総合、『第22回NHK紅白歌合戦』放送。平均視聴率78.1%(前年比1.1%上昇。関東地区、ビデオリサーチ調べ)。
- TBS系で『第13回日本レコード大賞』の模様を生中継。大賞は尾崎紀世彦の「また逢う日まで」。
- 大晦日恒例の民放全局共同による特別番組『ゆく年くる年』(服部時計店(後のセイコーホールディングス)一社提供)、この年からフジテレビ系列も参加し、全民放83局共同による放送を開始。この年は『笑いぞめだョ! ゆく年くる年』というタイトルでTBSが制作、平均視聴率は関東地区のビデオリサーチ調べで39.8%だった(番組の項目も参照)[1]。
- 毎日放送が、NET制作の深夜番組『23時ショー』のネットをこの日限りで打ち切り。
その他テレビに関する話題
- 1月
- 19日 - TBS系列23社による「JNNネットワーク協議会」設立[1]。
- 2月
- 1日 - 東京12チャンネル、報道局新設。
- 3月
- 12日 - NHK、福岡放送局のテレビ送信所の自動化工事完了。これにより、全国テレビ送信所・中継局の無人化および自動化が終了[1]。
- 17日 - NHK放送センター、マスターでのフィルム番組の自動送出を開始。これに伴い、16ミリ自動装てん映写機を開発[1]。
- 22日 - NHK、「きぬたSHF実験局」の運用を開始[1]。
- 4月
- 1日 - NHK大津放送局、滋賀県域テレビジョン放送開始[1]。
- 16日 - 関東地区初の独立UHF局、群馬テレビ(GTV)が開局[1]。
- 30日 - テレビ西日本(フジテレビ系)、自社チャーター機が日本海のソ連軍艦取材中、佐賀県の山中に墜落。カメラマンら4人死亡[1]。
- 5月
- 1日 - 千葉テレビ放送(CTC、チバテレ)が開局[1]。
- 10日 - よみうりテレビ、初の番組スポット販売・放送を一貫処理するオンラインシステムの運用を開始[1]。
- 24日 - NHK神戸放送局、兵庫県域テレビジョン放送開始[1]。
- 31日 - NHK和歌山放送局、和歌山県域テレビジョン放送開始[1]。
- 6月
- 10月
- 公正取引委員会の規則改正で「1人が1回の懸賞で得られる賞金・賞品の総額は100万円まで」となる。これにともない、フジテレビ系『赤白パネルマッチ』は8月で、日本テレビ系『巨泉まとめて百万円』(よみうりテレビ制作)・TBS系『夢の世界旅行 クイズジャンボ』と『3・3が9イズ』(朝日放送制作)は9月でそれぞれ終了、フジテレビ系『ズバリ!当てましょう(第1期)』は9月をもって「3週連続優勝チームは世界一周旅行獲得」のルールを廃止、NET系『クイズタイムショック』は「賞金100万円+自動車(後にギリシャ旅行)」から「海外旅行を含む賞金賞品総額100万円」へ、TBS系『ベルトクイズQ&Q』は「賞金270万円」から「賞金100万円」へ、それぞれ変更した。その後上限は、1996年に「1000万円まで」に緩和され、2006年には撤廃される。
- 1日 - 前年の4月に開局した福島中央テレビ(FCT)が、これまでのフジテレビ系とNETテレビ系のクロスネットから、同局の筆頭株主である福島民友新聞社(読売新聞系)の方針で日本テレビ系とNET系のクロスネット局にネットチェンジ[注 18]。開局からわずか1年半でFCTからフジテレビ系の番組が姿を消す。これにともない日本テレビ系とTBS系のクロスネットだった福島テレビ(FTV)はTBS系とフジテレビ系のクロスネット局にネットチェンジ、同時にJNNにも加盟した[注 19]。
- 10日 - NHK総合、全国放送の全番組のカラー放送化が完了(一部の例外を除く)[1][2]。
- 11月
- 5日 - NET、報道局を廃止。11月20日に朝日テレビニュース社と「報道番組等の制作に関する契約」を締結。朝日テレビニュース社にNET報道部員の出向を発令。これにともない朝日テレビニュース社は「NET朝日制作株式会社」(後のテレビ朝日映像)に[1]。
- 14日 - TBS、夜の時間帯(17時30分 - 翌〈深夜〉0時30分)の番組が全面カラー化[1]。
- 23日 - 青森放送(RAB、日本テレビ系)と福井テレビ(ftb、フジテレビ系)が系列を超えた2元中継を実施。
- 25日 - カラー受信契約数が1000万を突破[1]。
- 12月
開局
周年
番組
- 放送開始15周年
- 放送開始10周年
- 放送開始5周年
開局・放送開始
記念回
視聴率
(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)
報道
- カメラリポート(NHK総合、8月31日)48.8%
- ニュース(NHK総合、7月31日 7:00-7:57)44.8%
- ニュース(NHK総合、8月31日 8:30-8:45)44.5%
- 第26回原爆慰霊平和祈念式典(NHK総合、8月6日)44.0%
- 交通情報(NHK総合、5月20日 8:00-8:12)43.5%
- ニュース(NHK総合、12月31日 20:55-21:00)42.2%
- ニュース(NHK総合、5月14日 8:00-8:12)41.1%
- 翌日開票を前に(NHK総合、6月28日)40.3%
- フラッシュニュース(TBS、1月30日)38.6%
- 千葉県・茨城県新知事にきく(NHK総合、4月12日)38.4%
- ある日突然に(NHK総合、9月1日)38.3%
- 天皇・皇后、ヨーロッパへ出発(NHK総合、9月27日)38.1%
スポーツ
- プロボクシング世界Jライト級タイトルマッチ「小林弘×リカルド・アルレドンド」(日本テレビ、3月4日)40.7%
バラエティー
- 第22回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)78.1%
- 8時だョ!全員集合(TBS、1月23日・1月30日)50.4%
- '71新春スターかくし芸大会(フジテレビ、1月1日)38.4%
- 8時だョ!出発進行(TBS、4月3日)38.0%