1967年のテレビ (日本)

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1967年のテレビ(1967ねんのテレビ)では、1967年昭和42年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

民放UHF新局に予備免許交付開始

11月1日、民放UHF新局にこの年初めて予備免許が交付された。これにより、地方の多くの県で民放テレビが1局しか視聴できなかったのが、翌1968年から2局に増えるようになる。(「#予備免許」の項も参照)


全面カラー化に向け、カラー番組が増加し始めた年

この年はNHK及び民放キー局・準キー局を始め、様々な面にて、全体的にカラー放送の増加・発展の動きが本格的に始まった年だった。

  • NHK
    • ニュース・天気予報では、午後9時と正午のニュース、そして天気予報(いずれも全国放送の部分)を秋からカラー化。NHK大阪放送局でも、11月1日からローカルニュースのカラー放送及びカラーフィルムによる報道取材を開始した。
    • 最新型カラーカメラの開発・導入。
      • カラー番組の増加に伴い、この年、全トランジスター化の最新型スタジオカラーカメラを導入、8月1日に稼働を開始。同カメラは、NHKが今まで使用していた真空管式のそれらに比べ、色彩感・解像度・S/N比等画質を改善し、安定度を向上させ、従来のモノクロスタジオカメラ並に小型・軽量化させたことから、このカメラはその後NHKにて数多く導入され、NHKテレビの全面カラー化への大きな礎の1つとなった。
      • 独自に開発したマルチアルカリ光電面使用イメージオルシコンを使用した高感度カラーカメラを開発、この年に使用を開始。これにより、今まで不可能だった低照度照明でのカラー番組の制作が漸く可能となった。これを受け、スポーツや舞台等の中継でカラー放送が増加。[1]
        • 舞台中継では、ソ連国立レニングラードバレエ団の公演「白鳥の湖」やNHKイタリア歌劇団公演の第5次公演(この公演から全面カラー化)で使用。低照度照明の場面でその威力を発揮した。[1]
        • スポーツでは、夜間の中継を中心にその威力を発揮することで、カラー中継番組が大幅に増加した。先ずプロ野球でカラー中継の数が大幅に増加、ナイター中継・オールスターゲーム・日本シリーズで使用。他にもユニバーシアード東京大会、翌年開催のメキシコオリンピックのサッカーアジア地区予選のナイトゲーム中継等で使用した。[1]
        • 他には10月31日吉田茂首相国葬中継等でも使用した。[1]
  • 民放
    • 4月にNET系が漸く一斉にカラー放送を開始。
NETは4月3日に、毎日放送九州朝日放送が2日前の1日にそれぞれカラー本放送を開始。いずれもこの年のカラー放送は、カラーフィルム制作によるもののみで、3社共翌年からスタジオカラーカメラ及びカラー中継車を使った番組制作を開始。
  • キー局及び準キー局で、スタジオカラーカメラ及びカラー中継車を使った番組制作を開始する局が増加。
これらを使ったカラー番組は1965年まで民放では日本テレビと同系列の読売テレビ程度だったのが、前年からTBSがスタジオでは本格的に開始したのに続きこの年はカラー中継車も新たに導入、ボクシングの世界タイトルマッチを中心としてカラー中継番組が一気に増加。更にこの年はフジテレビと同系列の関西テレビが共にスタジオカラーカメラ及びカラー中継車を導入、それらを使った番組制作を開始。更に両局は、この年の終わり頃から競馬中継のカラー制作を開始した(NHKでは前年からカラー化)。また、朝日放送(当時TBS系)では、同局の人気看板番組『てなもんや三度笠』にて、スタジオカラーカメラでの本格的な番組制作を開始した(同局のカラー中継車導入・稼働開始は翌年から)。
  • 静岡放送が、大都市ではない地方局で初めてカラー中継車を導入。
同時にスタジオカラーカメラも導入し、同社の15周年記念番組を皮切りにそれを使ったカラー番組制作を開始した。
  • 日本テレビがカラー放送開始10周年「カラーキャンペーン」を実施。
1957年12月28日の民放初のカラー実験放送開始から同社では積極的にカラー放送を行い、この年10周年を迎えたことから、8月に開局記念日の28日を含め「カラーキャンペーン」を実施、様々なカラー特別番組等を放送した。
  • 日本に於いてのカラーでの衛星中継が開始。
最初の同中継は、前年の大晦日(1966年12月31日)からこの年始めにかけてのNHK総合の恒例の年末年始番組『ゆく年くる年』で、年始に入り日本時間の午前0時09分から、日米初のカラー衛星中継として、米ニューヨークのロックフェラーセンター前から生放送された。
  • 前年から一部の局で使用開始の、放送用ハイバンド2インチVTRがこの年から日本の各局で本格的に導入・稼働が開始。
1964年に発表された、従来(ローバンド)より高画質録画・再生ができる新規格のハイバンドVTRが、前年のNHK、中国放送、TBSに続き、この年数多くのテレビ局で導入・稼働を開始、カラー録画・編集に於いて性能と実用性の高さも、カラー放送の増加に貢献した(「2インチVTR」の項を参照)。

尚、この年からは、1971年にほとんど全部の番組がカラー化されるまで、毎年のようにカラー番組の増加が目立っていく様になる。全体的な傾向から見ると、先ずは、ゴールデンタイムやスポーツ中継、海外のフィルム制作番組を中心に、カラー化が進んでいる。又、全面カラー化される以前は、普段はモノクロ放送の番組でも、一部の回のみカラー放送となるケースもあった。更に民放では、カラーテレビを製造・販売している会社がスポンサーになっている番組が、いち早くカラー化されるケースが多かった。この年の一社提供番組でも、TBS『東芝日曜劇場』が一部の回にてカラー制作を開始、フジテレビ『ズバリ!当てましょう』(松下電器提供)が毎回カラー放送となっている。複数社提供番組でも、関西テレビの特撮ドラマ『仮面の忍者 赤影』のスポンサーの一社に同製造・販売会社があり、その会社の存在が番組をカラー制作にする決め手となった経緯がある(「仮面の忍者 赤影 (1967年のテレビドラマ)#企画経緯」の項を参照)。


テレビ番組
この年から各局で本格的にカラー番組が増加し始めるようになった。ここでは、前述の記載以外のことについて記す。
  • NET系が4月からカラー放送を開始したことにより、『魔法使いサリー』、『特別機動捜査隊』、『皇室アルバム』(毎日放送制作)、『野生の王国』(毎日放送制作)等のフィルム・アニメ番組がカラー化された。
  • 又、NETはカラー放送開始を機に、淀川長治の映画解説による今までの『土曜洋画劇場』が日曜日に移動し、日曜洋画劇場』となってカラー放送化(但し、モノクロ映画の場合はモノクロ放送)。淀川の解説と共に、テレビ朝日時代に渡って局の看板番組となる。淀川の死後も番組は続き、その後不定期期間も含め2017年2月12日まで放送され、映画番組としては放送期間が日本の歴史上最長を記録した。
  • NHK総合、前年10月25日に19時のニュースがカラー放送を開始したのを受け、全国各地で主要なニュースの報道取材については、その地域のNHKがモノクロ取材しかない場合でも別途カラーフィルムでの取材も開始し、ニュースを始めカラー放送の番組に於いて放送。またこれを受け、年末にその1年間のニュースをダイジェストにして振り返る『ニュースハイライト』が、この年からカラー放送となる。
  • その他、以下の主なレギュラー番組が年内に毎回カラー放送となる(年内開始番組・特別番組等を除く)

番組関係のできごと

1月

  • 1日
    • NHK総合
      • 昨年大晦日からの恒例の年越し放送『ゆく年くる年』内で、年明けの午前0時09分から、米からの衛星(宇宙)中継の部分のみ、日米衛星中継初のカラー放送を実施。その未だ現地時間で大晦日という米からは、ニューヨーク・マンハッタン・ロックフェラーセンター前からの生中継がカラーで放送された。番組はこの部分のみカラー、他の国内中継は全てモノクロだったため、この回は番組異例の「パートカラー放送」となった。[2][3]
      • 年始特集『世界を結ぶ宇宙時代』をカラーで1時間半に渡り放送。本格的な宇宙通信時代を迎えたことから、宇宙通信開発技術の歴史的な歩みと、世界を結ぶ放送の意義を認識する為、ニューヨークからのカラー衛星中継を録画した映像を交えて放送。番組には、作家のアンドレ・モロア、ロンドン大学教授のアーノルド・J・トインビー、東大宇宙航空研究所長・宇宙開発推進本部長の高木昇、そして当時TBS社長の今道潤三がゲスト出演した。[4][5][6]
      • 大河ドラマ三姉妹』放送開始( - 12月24日)[4][7][8][9]
    • TBS系、『いま世界は明ける』を放送。ニューヨーク・ロンドン・パリを結んで、衛星2段4元中継を実施。[4][10]
    • 日本テレビ及びTBS、この年から共に、会社会長の年頭の挨拶(日本テレビ:正力松太郎、TBS:足立正)がカラー放送となる[11]。更にTBSでは、朝6時45分の『カリフォルニアの日系農家』から『会長挨拶』『日本舞踏「女車引」』までの3番組(連続45分間)が続けてカラー放送となる[注 2][11]。同局がこれだけ複数の番組が続けてカラー放送となるのは、東京オリンピック等を除いてはこれまで例がなかった。
  • 2日 - TBS系で正月演芸番組『初笑いうるとら寄席』を放送開始。当初は『初笑いウルトラ寄席』というタイトルで1月2日に放送、1972年から1月1日放送に変更しタイトルも改題、1978年より元の1月2日放送に戻り、1984年まで継続した。
  • 3日
  • 4日 - NHK総合、『時の動き』で、フィルム構成による「公害病の周辺」を放送[16]名古屋ではこの時間、ローカルで『新春経済放談』を放送)。[4]
  • 5日 - NHK総合、『海外取材番組』で「北極圏」が放送開始( - 2月9日、全5回。カラー放送)。[4]
  • 8日 - NET(後のテレビ朝日)系で象印スターものまね大合戦』放送開始象印マホービン一社提供)[4]玉置宏の司会で、1977年7月17日まで続く人気番組となる[17]
  • 10日 - NHK教育、『教養特集』で、教育テレビ放送開始8周年記念として、「社会教育における放送の役割」を放送。[4][18]
  • 15日
  • 23日 - 信越放送、同月29日投票の「第31回衆議院議員総選挙」の選挙運動期間中に於いて、衆議院選挙では初めて立候補者の立会演説会をテレビ放送。[4][10]
  • 27日 - この日「インテルサットII 号系 F2(2号B)」による日米間の通信用静止衛星が開通。記念番組が各局で放送される。
    • NHK総合では、日米交換衛星中継による『通信用静止衛星きょう開通』をカラー放送。番組では、東京の経団連会館とワシントンのヒルトンホテルを結び、開通式の模様を始め、米から送られた同月11日のインテルサット2号B打ち上げの模様の映像や、日米代表によるメッセージ・今日のニュースや番組等の交換を中継したりした。[4][23][24]
    • 民放では、日本テレビ・NET・フジテレビが関連中継番組を放送。[4]
  • 28日 - 日本テレビ系、カラーニュース番組『NNNワイドニュース』にて、この日から毎週土曜日に、米NBCに特設スタジオを設置し、10分程度の衛星中継枠を設け、それによる海外ニュースを同スタジオから生で特派員リポートを放送[25]。しかし回線難のため、翌月25日に4回で打ち切られた。[4][10]
  • 2930日 - NHK総合・民放各局、この日行われた「第31回衆議院議員総選挙」の開票速報を放送。[4]
    • NHK総合では、電子計算機と連動する回転表示装置を採用。[4]
    • TBS系では、自社で独実開発した、国産大型電子計算機による漢字式表示装置(マジック・ディスプレー)を使用。[4][22]

2月

  • 4日 - NHK総合、NHK厚生文化事業団主催による、心身障がい児福祉支援のチャリティーイベント『第1回NHK慈善大相撲』(日本相撲協会後援)を、蔵前国技館からカラー中継[4][26][27]。この回はイベントの純益金840万円余を心身障害児施設に寄付した[4][26]。以後毎年恒例となり、イベント名(及び番組名)が1975年に現在の『NHK福祉大相撲』に変更したり、途中中断もあったものの再開、2025年現在もイベント及びそれに伴うテレビ番組共に継続中(同項目も参照)。
  • 7日 - 日本テレビ系、初のプロボクシング衛星中継『世界ヘビー級王座統一戦 カシアス・クレイ(後のモハメド・アリ)アーニー・テレル 戦』を、米テキサス州ヒューストンアストロドームから放送。この統一戦は、衛星を通じて世界56カ国に同時中継、約1億人が見たと言われている。[4][28][29]
  • 9日 - TBS系、『現代の主役』で、「日の丸」を放送(構成:寺山修司、制作:萩元晴彦)。[4]
  • 11日 - フジテレビ系、商品の値段当てクイズ番組『ズバリ!当てましょう』(松下電器(後のパナソニック)一社提供)が、この日「カラーで当てましょう」という題で、フジテレビ自社制作初のスタジオカラーカメラ(&カラーVTR使用)による番組として初のカラー放送を行う[30][31][32]。尚同番組は、翌々週の25日の放送分から毎回カラー放送となる[33]
  • 12日 - TBS系、カラーのニュース・ドキュメント番組『これが世界だ』で、日本電波ニュース記者の現地取材による「北ベトナム」を放送。[4][34]
  • 16日 - NHK総合、『海外取材番組』で、「大都市」が放送開始( - 4月20日、全10回。カラー放送)。[4]
  • 2024日 - NET系、『木島則夫モーニングショー』で、5日間に渡りハワイから衛星中継を行う。[4]
  • 26日 - TBS系、カラー報道特別番組『中国核実験の記録』(中国国営八一映画製作所撮影)を放送。1964年10月16日午後3時(中国時間)に、新疆省ロブノールで鉄塔の上に核爆弾を乗せて爆破、同国初の核実験(コードネーム「596」)を成功させてから延べ3回の核実験の模様をまとめ、前年11月から中国各地で上映・テレビ放送を行ったカラー映画『毛沢東思想の勝利 ― わが国の三回の核実験の成功を歓呼する』をこの番組にて海外で初公開。更に同実験の映像は、中国以外ではこの放送が世界初公開となる。[4][35][36]

3月

  • 1日 - フジテレビ系、同局の開局8周年記念の1つとして、この日の朝のワイド番組『小川宏ショー』が特別にカラーで生放送。これが、同局制作に於いて初のカラー生放送となった。この日は、1967年のパリのニューモードのファッションショーや、絵による子供の性格や知能テストの紹介等が放送された。[37]
  • 2日 - フジテレビ、東京都知事選挙を前に『知事候補の対決』(美濃部亮吉・松下正寿)を放送。[4]
  • 3日
  • 5日 - NHK総合、全国放送では『寄席中継』を放送する時間帯に、東京ローカルでは独自に番組を差し替え、東京都都知事選を前に立候補予定の美濃部亮吉松下正寿阿部憲一の各候補が出席して、『都知事選に約束する』を放送(ラジオ第1と同時)。[4][43]

[44]

  • 7日 - TBS系、昨年自社の番組『おはようニッポン』で一躍人気者となったイタリアの人形ネズミ「トッポ・ジージョ」による人形劇『トッポ・ジージョ』が放送開始( - 9月26日)。[4]
  • 19日 - NHK総合、NHK学園高等学校第1回卒業式の実況中継番組『この日のために』を、東京・千葉・帯広・松山・長崎を結んで放送。[4][45][46]
  • 20日
    • NHK総合、『新日本紀行』がこの日の放送「南房総」にて、初のカラー放送を行う[47]。2週後の4月3日「五島列島」からは、毎回カラー放送となる[48]
    • 東京都知事選の告示を前に、日本テレビが『都知事選3候補にきく』を、TBSが『告示を待つ都知事3候補』をそれぞれ放送。[4]
  • 21日 - NHK総合にて様々な放送記念祭特集番組が放送。
    • カラーフィルム構成による番組『日本の稲作』を放送[49]。当番組は、1965年6月から取材を開始、日本の稲作への関わりと本質等を伝え、同年11月23日に同名タイトルの番組をカラーで放送[50]。その後も1967年2月まで更に取材を行い、前回放送分とその後の追加取材の分を入れて再度60分のカラーフィルム番組として再編集して放送。この再編集版は後にベルリン農事番組コンクールに参加、黄金の穂賞を受賞した。[4][51][52][53]
    • カラーフィルムリレー『移りゆく国土』を放送。北は深い雪に覆われている北海道の宗谷岬から、鹿児島県奄美群島の沖永良部島まで、各地の春の模様やそこに生きていく人々の姿を描いた、全国20の放送局で全編カラー取材を行った番組。[54][55]
  • 27日
  • 29日 - NHK総合、『ウ・タント国連事務総長記者会見』を国連本部から中継録画で放送[4][57]。この会見でウ・タント総長は、激化するベトナム戦争の平和的解決に向けた立場を強調した。
  • 29日~4月7日 - 東京12チャンネル毎日放送からの同時ネットで、第39回選抜高等学校野球大会の全試合を中継。[58]

4月

  • 1日 - 毎日放送九州朝日放送両局がカラー本放送を開始。[59][60][61][62]
  • 2日
  • 3日
    • NHK、新年度の番組編成を開始。
    • NETがカラー本放送を開始[56][67]。これにより同局は4月の改編期に於いて、1週間当たり9時間15分、ゴールデンアワーの全番組の33%がカラー放送となる(いずれも毎日放送のネット分も含む)[56]
      • これを受け、同系列のテレビアニメ『魔法使いサリー』が、NETカラー放送番組第1号として、この日の第18話「パパはにせもの」からカラー放送となる。[68]
      • 他にも、『特別機動捜査隊』が5日からカラー放送となる。[63]
    • NET系、『テレビ投書欄』放送開始( - 10月16日。司会:入江徳郎)。[4]
    • 九州朝日放送で月~金曜帯枠のローカルニュースショー『ティータイムショー』開始(1975年3月28日に一旦終了[69]し1980年10月6日に再発足。1983年8月5日まで続く) [70]
  • 4日 - TBS系、歌謡番組『TBS歌のグランプリ』放送開始。TBS系列の5社連合に加盟している全局(TBS、北海道放送中部日本放送朝日放送(当時TBS系準キー局)、RKB毎日放送)による共同制作。東京のTBS Gスタジオだけでなく、共同制作をしている各局から最新情報を含めての中継も織り交ぜていた。当初はモノクロ放送だったが、TBS Gスタジオが既にカラー放送に対応していたこともあり、6月6日[71]から月1回カラー放送を実施、9月5日からは毎回カラー放送となる[72]
  • 5日 - 関西テレビ・フジテレビ系で、東映制作によるカラー特撮ドラマ『仮面の忍者 赤影』(横山光輝原作)が放送開始。日本初のカラー製作によるテレビ時代劇となった( - 1968年3月28日)。
  • 6日 - TBS系、『チャコちゃんシリーズ』第5作となる、ドラマ『チャコねえちゃん』放送開始( - 1968年3月28日、全52回。出演:四方晴美 ほか)[4]。この第5作から、宮脇康之(現在宮脇健)演じる「ケンちゃん」が初登場し、以後1976年の『フルーツケンちゃん』まで10作に渡って『チャコちゃんシリーズ→ケンちゃんシリーズ』に出演。また家族役に佐藤英夫高田敏江賀原夏子が復帰する。
  • 7日 - NHK総合、クラシック音楽番組『NHKコンサートホール』で、当時のソ連から来日した、「モスクワフィルハーモニー管弦楽団演奏会」(指揮:キリル・コンドラシン)の東京文化会館での公演を放送。曲目は、ロシアの大作曲家であるチャイコフスキーの代表曲の1つ、交響曲第6番「悲愴」[4][73]
  • 8日
  • 9日
    • NHK教育、『現代科学講座』で、「情報の科学」が放送開始。経営と情報、通信と情報、コンピューター工学、社会活動と情報等、1年間に渡り全52回放送。[4]
    • TBS系「タケダアワー」のカラー特撮ドラマ『ウルトラマン』(円谷プロダクション制作)がこの日最終回(第39話)。ウルトラ兄弟の長兄・ゾフィー(CV:浦野光)が初登場。
    • NET→テレビ朝日系、淀川長治の映画解説による、今までの『土曜洋画劇場』が日曜日に移動し、この日から日曜洋画劇場』となってカラー放送化(但し、モノクロ映画の場合はモノクロ放送)。淀川の解説共に、全国朝日放送→テレビ朝日時代に渡って同局の看板番組となる。淀川の死後も番組は続き、その後不定期期間も含め2017年2月12日まで放送され、映画番組としては放送期間が日本の歴史上最長を記録した。
    • 九州朝日放送、前日(8日)に八幡市民会館で行われた、福岡県知事選の立会演説会を、県選管の不許可の方針を排して中継録画したのをこの日に1時間番組として放送。[4]
  • 10日 - 東京12チャンネル(後のテレビ東京)、この日から平日18:45に海外アニメ再放送枠『マンガのくに』を開始、当初は15分枠だったが、1977年4月から30分枠に拡大、1980年3月限りで一旦休止、同年10月から国産アニメ再放送枠に変更し再スタート、1989年9月28日まで22年続く人気番組となった。
  • 11日 - NHK教育、『教養特集』で、「百年の潮流」が放送開始(全13回)。[4]
  • 14日 - NHK総合、ドイツの「バイロイト音楽祭」初の海外公演が日本で実施、同音楽祭世界初のテレビ放送として、『バイロイト・ワーグナー・フェスティバル』を放送。内容は、大阪フェスティバルホールでモノクロ高感度カメラを使用して収録した、ワーグナー作曲の楽劇『トリスタンとイゾルデ』のハイライトで、 ピエール・ブーレーズ指揮、NHK交響楽団 ほかによる演奏[4][75]。尚同公演の全曲は、教育テレビで同月16日(第1・2幕)・23日(第3幕)の2回に渡って放送された[76][77]
  • 16日
    • NHK総合、『報道特集』で、前日投票が行われた東京都知事選社会共産推薦の美濃部亮吉が当選したことを受け、「革新都知事の登場と日本の政治」と題して放送。番組には、田中角栄(自民党)・江田三郎(社会党)・大宅壮一(ジャーナリスト)らが出演した。[4][78]
    • NETで放送していた医療情報番組『話題の医学』(NET:1960年6月 - 1967年3月31日)が放送局を東京12チャンネルへ移籍しこの日放送開始、50年近く続く長寿番組となる( - 2016年12月25日)。
  • 20日 - 飛行機の日ソ共同運航が開始。これを受け、NHK総合が『特別番組 - 日ソ空の新時代』を、TBS系が特別番組『ソビエトから初の5元宇宙中継 - いま結ぶモスクワ・東京』を放送。共に日ソ共同運航による日航一番機のモスクワ到着を衛星中継した。これはまた、東欧圏から日本への初の同中継でもあった。[4][79][80][81]
  • 26日 - TBSが初代6号中継車(カラー仕様)を導入(カメラには、前年Gスタで導入されたのと同じフィリップス社製(型番:PC-60)のカラーカメラを4台使用)。導入日当日にこの中継車を使い、自系列で、川崎球場からのプロ野球ナイター中継「大洋×巨人」をカラーで放送。これを機に、自社でのカラー中継車を使った番組制作を、本格的に始める。[21][82][83]
  • 27日 - NHK総合、『海外取材番組』で「東南アジアの農業開発」が放送開始( - 6月8日、全7回。カラー放送)。[4][84]
  • 28日 - NHK総合、「モントリオール万国博覧会」が日本時間のこの日から開幕するのを受け、普段朝6時の放送開始時間を早めて、朝5時30分から特別番組『幕あける万国博覧会 ~カナダ・モントリオールから(衛星)中継~』を放送。[4][85][86]
  • 30日 - TBS、前述の初代6号中継車の導入を受け、プロボクシング中継のカラー放送を本格的に開始。この日は自系列にて『東芝日曜劇場』をお休みして、世界ジュニアウェルター級タイトルマッチ「サンドロ・ロポポロ藤猛」の試合を、蔵前国技館からカラーで中継[4][22][87][88][89]。試合は藤がロポポロを2Rでノックアウト(KO)勝ち。試合後のTBSのインタビューで、ハワイ生まれで日系3世の藤は、片言の日本語で『オカヤマのおバアちゃん、(僕が勝った瞬間を)見てる?』『ヤマトダマシイ』等のコメントをし、これが当時の流行語になった(彼の項目も参照)[90]。この中継は関東地区にて39.9%の視聴率を記録した(ビデオリサーチ調べ)[15]

5月

  • 3日 - NHK総合、憲法記念日特集として、『「土地の私権はどこまで制限できるか」 ―憲法第29条と社会の要請―』を1時間半に渡って放送。番組には田中角栄江戸英雄幾代通が出演した。[4][91]
  • 45日 - NHK総合、ゴールデンウィーク特番の1つとして、フィルム構成による『ドキュメンタリー特集』を2夜に渡って放送。4日は、角膜移植で開眼した女性の記録「開眼」を放送(後にこの番組はテレビABU賞を受賞する)[4][92]。5日は、「鳥はなぜ戻らない」を放送[93]
  • 13日 - NET、『バレーボール・日本リーグ』を中継。[4]

6月

  • 7日 - NHK総合、特別番組『中東動乱のゆくえ』を放送。番組には、前アラブ連合大使の倭島英二や、外交評論家の林三郎らが出演した。[4][94]
  • 15日
  • 22日 - NHK総合、ドキュメンタリー『黒い画面 ―BOAC機事故追跡―』を放送。1966年3月、富士山付近で墜落、乗客乗員全員が死亡したBOAC機事故の現場に偶然残されていた、乗客の8ミリカメラのフィルムには、離陸から墜落の瞬間までが映っており、そのフィルムの解析、特に墜落の一瞬を示す黒い画面の解析によって、事故原因を乱気流と結論するまでの推理と実証の過程を克明に描いた番組。後にこの番組は第1回放送批評懇談会賞を受賞した。[4][96][97]
  • 26日 - NHK総合、イギリス・英国放送協会(BBC)をキーステーションに、NHKを含め5大陸・14か国の放送局が参加した世界初の多元衛星中継番組『われらの世界』を放送。午前3時55分から6時3分まで(日本時間)世界同時中継で放送した。番組では5大陸、14か国、31中継点を4つの衛星で結び、24か国で受信。日本では札幌・東京・高松から中継[4][98][99][100]イギリスからの中継では、ロンドンEMIレコーディング・スタジオにて、ビートルズが当時の未発表曲である「愛こそはすべて」のレコーディング・セッションを6分間にわたり披露した[注 4][101]

7月

8月

  • 224日 - フジテレビ系『小川宏ショー』が、この期間中「夏休み子ども特集」を編成。[107]
  • 10日 - NHK総合、『海外取材番組』で「教育の時代」が放送開始( - 9月28日、全7回。カラー放送)。[4]
  • 2128日 - 日本テレビ、カラー放送開始10周年を記念し、「カラーキャンペーン」と題してカラー記念番組等を編成。28日は同局の開局14周年記念も併せての放送となった(この項の番組は全てカラー)。[108]
    • 21~25日は、16時30分から30分間「カラーキャンペーン特別番組」を放送。21日は10年間の様々な出来事をカラーで振り返り、カラー放送の将来を展望する『カラー・テレビ10年のあゆみ』[109]、22日は色が人間心理にもたらす作用を4部構成のバラエティーで示した『色は魔術師』[110]、23日はバラエティー形式のミュージカル『七色の夢』(出演:ペギー葉山梓みちよジュディ・オング山崎唯 ほか)[111]、24日は人体内をカラーで見る『人体をカラーでのぞく』[112]、最終日の25日はカラーCMのアピール等について取り上げた『買うも買わぬも色しだい』[113]をそれぞれ放送。[108]
    • 一般特別番組では、26~28日に渡り『ミス日本ビューティー・コンテスト』(26日)[114]、『爆笑珍芸大行進』(27日)[115]等を放送(詳細は「#特別番組」の項を参照)。[108]
    • 28日の開局14周年記念日には、カナダのモントリオール博を米NBC記者がリポートした『NBCカラースペシャル「私の見たカナダ万国博」』、『よみうりランドめぐり』、『カラー・テレビ時代』等が放送された(詳細は「#特別番組」の項を参照)。[108][116]
    • 又、同期間中は通常のモノクロ番組の中でも3番組が特別にカラー放送となり、『だんいくまポップスコンサート』が26日の放送回が[114]、『レッツ・ゴー・キング』『2時ですこんにちは』が28日の放送回が共にカラー放送となった。[108][117]
  • 26日9月2日 - TBS系、米ABC放映のテレビドラマ『逃亡者』の最終話(カラー)[注 7]がこの日と翌月2日の2回に分けて放送[4]。これらの放送時刻には、1952~4年にNHKラジオ第1で放送されたラジオドラマ君の名は』の様に、銭湯がガラ空きになったり、町から人が消えたなどの逸話が残されている。当時発売されたTVガイドによると、日本での最終話の視聴率は、前編が24.5%、後編(最終回)が31.8%であった(番組の項目も参照)。
  • 27日9月4日 - NHK総合、「1967年ユニバーシアード東京大会」の模様を中継放送(開会式を始め一部中継はカラー放送)[4][118]。この日夕方に国立競技場で行われた開会式のカラー中継[119](当初26日開催予定だったが雨天でこの日に順延)では、夕方の中継ということで、撮影にNHKが開発した高感度カラーカメラが使用された[1]
  • 27日 - NHK教育、『芸術劇場』の前半にて、作:大江健三郎、作曲:芥川也寸志によるオペラ(歌劇)「「暗い鏡」―ヒロシマのオルフェ―」を放送(出演:成田絵智子 ほか)[120]。後に翌1968年のザルツブルクテレビオペラ賞コンクールにて、審査員特別賞を受賞する。[4]

9月

  • 2日 - NHK、第5次イタリア歌劇団公演が、この日から同月23日まで実施。この日の初日公演「ヴェルディ作曲 歌劇『ドン・カルロ』全曲」を、NHK総合のゴールデンタイムの時間帯にカラーで即日録画放送[121]。尚同歌劇団公演は、この年の公演から全てカラー収録による放送となり、撮影には、NHKが開発した高感度カラーカメラが使用された。[4][122]
  • 10日 - いずれもNHK総合
    • カラー教養番組『自然のアルバム』、この日放送の「南宇和の海」[123]の撮影にて、NHKが開発した16ミリフィルム・ズームレンズ付き水中カメラ「マリンフレックス」を使用。[4]
    • この日の「大相撲秋場所」の初日の中継から、リプレイにカラー・スローモーションVTRの使用を開始。[4]
  • 24日
    • NHK総合、列車の脱線実験の模様を中継した特別番組『脱線の謎にいどむ』を放送。北海道・国鉄車両走行安定試験所から中継で、当時の国鉄技術陣が、廃線となった旧根室線の狩勝峠付近で行っている大掛かりな列車の脱線実験の模様を実況中継。[4][124][125]
    • TBS系「東芝日曜劇場」のカラー第2作『おたふく物語』(森光子主演)が、TBS初のカラー時代劇として放送。[126]
  • 26日 - 読売テレビ・日本テレビ系で長谷川町子原作のホームコメディドラマ『意地悪ばあさん』(主演:青島幸男古今亭志ん馬 (6代目)高松しげお)放送開始( - 1969年9月25日)[4]。1981年にはフジテレビ系で青島主演によりリメイクされた。

10月

  • 1日
    • TBS系「タケダアワー」で円谷プロ制作の特撮ドラマ『ウルトラシリーズ』の第3弾ウルトラセブン』放送開始(カラー放送。全48話[注 8] - 1968年9月8日)。
    • RKB毎日放送をはじめJNN九州6局[注 9]でローカルドキュメンタリー『九州再発見』開始[4]九州電力が利益の地域社会還元を企図[127]。後年のJNN九州ブロックネット番組[注 10]の礎となる。
    • 信越放送(SBC)、今までネット受けのみだったカラー放送[注 11]が、この日から自社送出に於いても開始。これを記念し同月6日まで、自社制作を含む15本(時間にして、延べ10時間半を超える)のカラー記念番組を放送(詳細は「テレビ番組」の「特別番組 信越放送ローカル自社送出カラー開始記念」の項を参照)。この日は朝8時15分から、自社制作でのローカルカラー放送番組第1弾として『善光寺御開帳[注 12]を放送。[注 13][133][134]
  • 4日 - NET系、米ABC放映のカラーテレビ特撮ドラマ『インベーダー』 放送開始(全43話)。[4][135]
  • 5日 - NHK総合、『海外取材番組』で「小さな国々」が放送開始( - 11月2日、全5回。カラー放送)。[4]
  • 7日 - TBS系土曜19時30分枠で、ロート製薬一社提供・大橋巨泉主演のコメディドラマ『こりゃまた結構』放送開始( - 12月30日)[注 14]。以後、巨泉は同枠でロート製薬提供の『お笑い頭の体操』→『クイズダービー』の司会を務め、1990年3月に卒業するまで22年間にわたってTBSの土曜夜の顔として親しまれてきた。
  • 10日 - TBS系、体育の日特番として、バラエティー番組『健康賛歌』を14時から1時間半に渡り放送。「体育の日」にちなみ、各地で行われる行事や祭典を、東京(TBS)・新潟(BSN)・長崎(NBC)・北海道(HBC)・福岡(RKB)・名古屋(CBC)・大阪(ABC)の全国7局から中継して放送。番組には当時TBSの田英夫を始め、プロボクサーの沼田義明、プロゴルファーの陳清波、プロスキーヤーの三浦雄一郎等のスポーツ選手、ハナ肇とクレージーキャッツ林美智子梓みちよ田辺靖雄奥村チヨジャニーズ等の著名芸能人の他、政治家の田中角栄も出演した。[136]
  • 12日
    • NHK総合、この年の文化庁芸術祭参加番組で、札幌放送局制作のドキュメンタリー『子牛誕生』を放送。同年の芸術祭賞を受賞。[4][137][138][139]
    • 日本テレビ系で、スイスの「シュミットプロ」が開発した特殊テレビカメラを使う生放送公開射的ゲーム番組『みんなで当てよう ゴールデン・ショット』放送開始。だが海外の人気にもかかわらず日本では人気が出ず、1ヶ月後の11月23日より音楽番組を取り入れた『大爆発!ダイナマイトサウンズ』へ変更したが、それでも盛り返せず、通算2ヶ月で打ち切られた。
    • TBS系、モスクワ放送との第1回共同制作番組『シベリア・シリーズ』放送。[4]
  • 21日
    • NHK総合、明治百年に関連する少年向けドラマ『アイウエオ』放送開始( - 1969年4月5日。作:早坂暁、出演:木村功・中村雅子 ほか) 。後に厚生省児童福祉文化賞を受賞する。[4][140]
    • 関西テレビがカラー中継車の稼働を開始。自社制作・フジテレビ系の全国ネット番組「プロ野球日本シリーズ「阪急×巨人」の第1戦を西宮球場から全国30局ネットでカラー独占生中継(同月22日の第2戦(全国10局ネット)、28日の第6戦(全国22局ネット)も同球場から同系列にてカラー生中継)。[141]
  • 25日 - NHK総合、カラー教養番組『生活の知恵[注 15]で、月に1回放送の「くらしの中の100年」シリーズが放送開始。この日の第1回は「牛肉」が放送された。[4][143]
  • 30日 - TBS系でカラー報道特番『ハノイ -田英夫の証言-』を放送。ベトナム戦争が激しくなる中、TBSは7月、日本のテレビとして北ベトナムに初めて取材班を送った。1ヶ月にわたり北ベトナムを見てきた田が自分の取材した結果をスタジオから伝える内容だったが、北ベトナムの表情を「微笑みを浮かべて戦っていた」と田が報告したことに論議を呼び、翌11月7日、自民党がTBSの今道潤三社長(当時)に抗議した。[注 16][4]
  • 31日 - 吉田茂首相10月20日没)の国葬が東京・日本武道館千代田区北の丸)で催され、NHK・民放各局で特別番組を編成[4]。NHK総合はカラーで、民放はモノクロで中継放送した[注 17][145][146]他、フジテレビではこの日の全番組をCMなしで放送した[4][147]。尚、NHKはこの中継のカラー撮影では、独自に開発した高感度カラーカメラを使用した[1]
  • 月内 - 財団法人民間放送教育協会の初の制作番組として、文部省委託の消費者教育番組『かしこい消費者』を放送。

11月

  • 1日 - 静岡放送、導入したばかりのカラー中継車を初めて使用して、開局15周年記念番組を、静岡市の静岡駿府会館(後の静岡市民文化会館)からカラー中継[注 18][148]。大都市ではない地方局のローカル番組に於けるカラー中継車を使った番組は恐らくこれが初めて。
  • 4日 - フジテレビ系で、日本初の単発特別番組枠『テレビグランドスペシャル』放送開始( - 1968年3月、1970年4月 - 1972年9月)。記念すべき第1回は『オールスター紅白大運動会』。
  • 7日 - NHK総合、特別番組『宇宙中継「ソビエト革命50周年」 ~モスクワ赤の広場から~』を放送。モスクワ赤の広場での「ソ連革命50周年パレード」をNHKが取材した映像を、大西洋・太平洋の2段衛星中継を経由して録画したのを放送。この映像は、NHKからTBS・日本テレビ・NET各局に配信された。[4][149][150]
  • 9日 - NHK総合、『海外取材番組』で「50歳のソビエト」が放送開始( -1968年1月4日、全8回。カラー放送)。[4]
  • 12日 - 関西テレビ・フジテレビ系列、先月から稼働開始したカラー中継車を使い、『競馬中継』でのカラー放送を重賞レースを中心に開始(この日は京都競馬場からの『第28回菊花賞』の中継)。[151][152][153]
  • 16日
    • NHK総合、小笠原・沖縄返還関連の佐藤栄作総理大臣とリンドン・ジョンソン米大統領(いずれも当時)による日米首脳会談を受け、特別編成を実施(この会談では、小笠原返還が決定したものの、沖縄返還は決まらなかった)。[4]
      • 12時15分から29分間は、『宿願かなった小笠原返還』を放送(通常の『海外だより』と『ひるの民謡』(こちらはカラー)は休止)。[4][154]
      • 17時35分からは25分間、『日米首脳会談終わる』で、日米首脳会談の共同声明を衛星中継で放送。それを受け、当時の木村俊夫官房長官に聞いたり、スタジオ内で座談会も行われた(通常の『こどもニュース』と『ひょっこりひょうたん島』(こちらはカラー)は休止)。[155]
      • 19時30分からは、特別番組『明暗をわけた小笠原・沖縄』を放送(通常の『海外取材番組』(カラー)は休止)。[4][156]
    • TBS系、プロボクシング・世界ジュニアウェルター級タイトルマッチ「藤猛×ウイリー・クワルトーア」を、蔵前国技館からカラーで中継[157]。関東地区にて47.9%の視聴率を記録(ビデオリサーチ調べ)[15]
  • 23日 - NHK総合、『NHKリポート』で、この日が勤労感謝の日の祝日であることから、特集「現代日本人の勤労観」を放送。[4][158]
  • 26日 - TBS系「東芝日曜劇場」のカラー第3作で、この年の芸術祭参加作品ドラマ『鳥が…』が放送。[注 19][159][160][161]
  • 28日 - 関西テレビ・フジテレビ系、自社のスタジオ収録では初のスタジオカラーカメラによる制作番組で、この年の芸術祭参加作品ドラマ『そしてあしたは』を放送[162]

12月

  • 8日 - NHK総合、特別番組『金星にいどむ ―ソビエトの宇宙開発― ~ソビエト中央科学スタジオ制作“ハロー金星”の記録から~』を放送。[4][163]
  • 14日 - いずれもTBS
    • 系列ネットで、プロボクシング・世界ジュニアライト級タイトルマッチ「沼田義明×小林弘」を、蔵前国技館からカラーで中継[164]。関東地区にて41.9%の視聴率を記録(ビデオリサーチ調べ)[15]
    • 前年系列ネットで放送された特撮ドラマ『ウルトラQ』の関東ローカルでの再放送枠にて、幻のエピソードだった『あけてくれ!』を初放送(通算第28話)[注 20]
  • 16日 - TBS系で『第9回日本レコード大賞』の模様を生中継。大賞はジャッキー吉川とブルーコメッツの「ブルー・シャトウ」。
  • 17日 - TBS系(当時)・朝日放送が、この日放送の『てなもんや三度笠』第294話「熱田の絵師」にて、自社制作において初のスタジオカラーカメラ(カラーVTR使用)による番組を制作・放送。[注 21][165][166][167]
  • 24日
    • フジテレビ系、この日の『競馬中継』(中山競馬場からの『第12回有馬記念』の中継)で、前月の関西テレビに続き、フジテレビの自社制作において、競馬中継初のカラー中継を開始[168][169]。これを機に、フジテレビでの中山・東京の各競馬場からの中継では、毎週カラー放送となる。
    • 広島テレビ放送、原爆3部作の最終編『ある夏の記録』を放送。同作品を希望する局には無償提供を決める。[4]
  • 30日 - NHK総合、年末にその1年間のニュースをダイジェストにして振り返る『ニュースハイライト』が、この年の『1967年ニュースハイライト』からカラー化。[170]
  • 31日
    • NHK総合、『第18回NHK紅白歌合戦』放送(カラー)[170]。平均視聴率76.7%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)[171]
    • TBS系、ベルリンとローマを結ぶ衛星中継『いま語ろう、世界の若もの』を放送。[4]

その他テレビに関する話題

商号変更

  • 4月1日 - ラジオ中国→中国放送(ラテ兼営局で正式社名に“ラジオ”を付けていた最後の局。)[4][174][175]

既成局のカラー放送開始

UHF親局初の予備免許

当時の郵政省による「テレビジョン放送用周波数の割り当て計画」の大幅修正により、UHFのうち、従来中継局のみ使用している第45チャンネルから第62チャンネルに加え、親局用として第33チャンネルから第44チャンネルの使用が新たに開放、同一地区内のUV混在と広域放送圏内の民放県域局開設を認めた(10月13日[4]。これによりUHF第1次チャンネルプランで新規UHF局の予備免許が下りる。なおこの時のテレビ単営民放については、“JO*H”のパターンで揃えられた。

予備免許が下りた日及び主な局は、以下の通り[182][183]。同一市区町村内で移転した場合は現所在地(2025年時点)の記述を略す。

11月1日付で予備免許を受けた局(全て民放)
放送対象地域 呼出符号 交付時社名 本社所在地 備考
北海道 JOHH-TV 北海道テレビ放送株式会社 札幌市豊平区 現所在地:同市中央区
長野県 JOLH-TV 株式会社長野放送 長野市
新潟県 JONH-TV 株式会社新潟総合テレビ 新潟市中央区[注 24] 後の社名:株式会社NST新潟総合テレビ
富山県 JOTH-TV 富山テレビ放送株式会社 富山市
石川県 JOIH-TV 石川テレビ放送株式会社 金沢市
静岡県 JOQH-TV 株式会社静岡ユー・エッチ・エフテレビ 静岡市駿河区 後の社名:株式会社テレビ静岡
JORH-TV 同上、浜松局に対する交付
中京広域圏 JOCH-TV 中京ユー・エッチ・エフ・テレビ放送株式会社 愛知県名古屋市昭和区 後の社名:中京テレビ放送株式会社。

現所在地:同市中村区

岐阜県 JOZF-TV 株式会社ラジオ岐阜 岐阜市 後の社名:株式会社岐阜放送
三重県 JOMH-TV 三重電波放送株式会社 津市 後の社名:三重テレビ放送株式会社
京都府 JOBR-TV 株式会社近畿放送 京都市中京区 後の社名:株式会社京都放送。

現所在地:同市上京区

兵庫県 JOUH-TV 兵庫テレビ放送株式会社 神戸市長田区 後の社名:株式会社サンテレビジョン。

現所在地:同市中央区

岡山県[注 25] JOOH-TV 岡山放送株式会社 岡山市北区
香川県[注 25] JOVH-TV 株式会社新日本放送[注 26] 高松市 後の社名:株式会社瀬戸内海放送
佐賀県 JOSH-TV 佐賀放送株式会社 佐賀市 後の社名:株式会社サガテレビ
鹿児島県 JOKH-TV 鹿児島テレビ放送株式会社 鹿児島市
11月14日付で予備免許を受けた局
放送対象地域 呼出符号 業態 交付時社名 本社等所在地 備考
徳島県 JOXB-TV NHK 徳島教育テレビジョン 徳島市 実験局を減力して実用化
香川県 JOHP-TV NHK 高松(総合)テレビジョン 高松市
JOHD-TV 高松教育テレビジョン
佐賀県 JOSP-TV NHK 佐賀(総合)テレビジョン 佐賀市
JOSD-TV 佐賀教育テレビジョン
長崎県 JOWH-TV 民放 株式会社テレビ長崎 長崎市
熊本県 JOZH-TV 民放 熊本中央テレビ株式会社 仮事務所:熊本市中央区[注 27] 後の社名:株式会社テレビ熊本

視聴率

(関東地区、ビデオリサーチ調べ)[15]

  1. 第18回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)76.7%
  2. プロボクシング・世界バンタム級タイトルマッチ「ファイティング原田×ベルナルド・カラバロ」(フジテレビ、7月4日)57.0%
  3. 連続テレビ小説 おはなはん(NHK総合、1月19日)55.7%
  4. プロボクシング・世界バンタム級タイトルマッチ「ファイティング原田×ジョー・メデル」(フジテレビ、1月3日)53.9%
  5. 連続テレビ小説 旅路(NHK総合、10月7日)52.9%
  6. ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)49.0%
  7. プロボクシング・世界ジュニアライト級タイトルマッチ「フラッシュ・エロルデ×沼田義明」(TBS、6月15日)48.5%
  8. プロボクシング・世界ジュニアウェルター級タイトルマッチ「藤猛×ウイリー・クワルトーア」(TBS、11月16日)47.9%
  9. ニュース台風22号関連)(NHK総合、9月13日 7:00-7:20)44.4%
  10. スタジオ102(NHK総合、9月13日)43.2%
  11. ウルトラマン(TBS、3月26日)42.8%
  12. プロボクシング・世界ジュニアライト級タイトルマッチ「沼田義明×小林弘」(TBS、12月14日)41.9%
  13. ザ・ガードマン(TBS、9月22日)40.5%
  14. てなもんや三度笠(TBS、1月1日)40.4%
  15. プロボクシング・世界ジュニアウェルター級タイトルマッチ「藤猛×サンドロ・ロボポロ」(TBS、4月30日)39.9%
  16. 即日開票当選者当確者写真紹介(第31回衆議院議員総選挙)(NHK総合、1月30日 7:20-8:00)39.0%
  17. メキシコ国際スポーツ大会フラッシュ(NHK総合、10月28日 8:05-8:13)38.1%

テレビ番組

参考文献

脚注

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