1958年のテレビ (日本)

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1958年のテレビ(1958ねんのテレビ)では、1958年昭和33年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

地方にテレビ局の開局ラッシュが始まる。

テレビ冷蔵庫洗濯機の3つからなる当時の新世代電化製品を指す『三種の神器』なる用語も生まれたこの年、前年に予備免許を交付されたVHFアナログ)を親局とするテレビジョン放送局の開局ラッシュが始まる。


日本で初めてVTR(モノクロ)が導入。

1956年に世界で初めてVTRの実用化に成功した、米アンペックス社の放送用2インチVTRが、米以外では日本で初めて輸入。4月27日に当時の大阪テレビ放送(後の朝日放送テレビ)で日本で初納入、6月1日に稼働を開始したを皮切りに、ラジオ東京(KR)テレビ(後のTBSテレビ)やNHK等でも納入され、稼働を開始。11月30日にはNHK放送技術研究所にて同所初の同VTRの試作品を完成、翌12月にはNHKの放送での使用を開始した。


東京タワー竣工(12月23日)
東京タワー竣工(12月23日)
東京タワーが完成。

12月23日東京に高さ332.6メートルを誇る電波塔東京タワーが完成。これに伴い、NHKとKRテレビ(後のTBSテレビ)は既存の自社テレビ電波塔(NHK:千代田区紀尾井町 KRT:港区赤坂)から東京タワーに送信所を移し、そして翌年開局の日本教育テレビ(NET、後のテレビ朝日)フジテレビを含め、4局5波(NHKは総合・教育の2波)が東京タワーから関東一円に電波を発信することになった。
尚、日本テレビも東京タワーから送信を要請されていたものの、自前の電波塔として計画していた正力タワーの建設を目指していたため要請を断り、当時の本社である麹町から送信し続けた(1970年まで)。[注 2]


会社の合併
  • 8月、ラジオ九州(RKB)が西部毎日テレビジョン放送と合併、RKB毎日放送に社名変更。
  • 12月23日、大阪テレビが、朝日放送(ABC)[注 3]との合併契約で調印(翌年6月1日に正式合併)。


テレビ番組


カラーテレビ実験放送(NHKと日本テレビのみ)
  • 同実験放送では、日本テレビが1月27日から毎日、定時のレギュラー枠(編成上、時間移動の場合有)としての放送となる。更に、自社初のカラー番組制作を開始し、7月14日にはそれとしては初の、カラーフィルム番組『七色のメロディー』と、日本初のカラーアニメーションテレビ映画『もぐらのアバンチュール』を放送。12月12日には、自社初のスタジオカラーカメラを使用した番組『手品教室』を生放送。又、1月13日からは『NTVニュースフラッシュ』の中で随時、カラーフィルムで取材したニュースをカラーで放送した。


番組関係のできごと

1月
2月
3月
  • 2日 - いずれもNHK
    • NHKではテレビ初のスキー競技中継となる『第13回国体冬季大会スキー競技会 「純ジャンプ」』を、札幌大倉山シャンツェから中継放送[1][6]
    • 鹿児島・大阪・名古屋・東京・札幌の5局をリレーした全国縦断テレビ中継番組『日本列島の春』を放送[1][7]
  • 3日 - KRテレビ、視聴者参加番組『テレビ結婚式』放送開始(司会:徳川夢声阿里道子。翌年にフジテレビへ移行)[1]
  • 17日 - 北海道放送、民放テレビ初の『心臓切開手術実況』を放送[注 5]。日本テレビでも中継放送[1]
  • 23日 - NHK、時の話題の人をスタジオに招き、ゆかりの人々に再会する番組『ここに鐘はなる』放送開始( - 1963年3月22日)。第1回のゲストは、戦後まもなく生まれた多くの混血孤児のために、養育施設「エリザベス・サンダースホーム」を創設した澤田美喜が登場した[1][8][9]
4月
5月
6月
7月
  • 6日 - KRテレビ、『大相撲名古屋場所』のテレビ中継で、VTRによる取組の再生を開始[1][21]
  • 7日 - 大阪テレビ、テレビでは日本初の富士山頂からの生中継に成功[注 8][1][10]
  • 14日 - 日本テレビが、この日のカラーテレビ実験放送枠内にて、日本初のテレビ用カラーフィルム制作による番組『七色のメロディー』と、日本初のカラーアニメーションテレビ映画『もぐらのアバンチュール』を放送(後者は同年10月15日に同枠内にて再放送)[3][22]
  • 17日 - NHK初のビデオテープレコーダ(VTR)収録による番組「学校放送『中学校 - 英語教室』」が放送[1][23]
  • 28日 - NHK、『乗鞍山頂から』を放送。乗鞍山頂から名古屋まで125kmのマイクロ波中継に成功[1][24]
8月
9月
  • 1日 - 読売テレビ、この日から学校向けテレビ番組が放送開始(この日の月曜日は毎週『私たちの幼稚園』、『仲よし劇場』を放送。火~金曜は小・中・高向け『私たちの学校』、土曜は『PTAアワー』を放送)[1]
  • 6日 - 大阪テレビで刑事ドラマ部長刑事』放送開始[1][10]大阪ガス一社提供1959年6月から合併により朝日放送(テレビ)へ移行)。2002年3月30日まで長きにわたって続くシリーズとなった。
  • 7日 - 日本テレビ、ドキュメンタリー番組『二十世紀』放送開始( - 1962年10月28日)[1]
  • 14日 - いずれもNHK
    • 前場所のKRテレビに続き、NHKでもこの年の大相撲秋場所初日から、同放送でのVTRによる再生放送を開始[1]
    • 教師の勤務評定問題で、特別番組『日本の素顔 - 風の中の先生』を放送[1][30]
10月
11月
12月


その他テレビに関する話題

1月
  • 27日 - 日本テレビ、不定時に行っていたカラーテレビ実験放送を、この日から定時のレギュラー放送に改編[注 14][3][45][46]
  • 月内 - NHK、テレビニュース放送迅速化のため、ポジフイルムとネガフィルム混在のまま放送できる フィルム送像設備を開発、使用開始[1]
2月
3月
4月
  • 1日 - テレビ西日本(TNC)設立。
  • 10日 - 日本テレビ、カラーでCM放送ができるように、カラーテレビ実用化試験局の免許を郵政省に申請[1]
  • 27日 - 大阪テレビで、日本初の放送用モノクロ2インチVTRが入荷(米アンペックス社製 型番:VR-1000。値段は当時1台2500万円。)[1][48]5月29日には、在京テレビ局で初めてラジオ東京(KRテレビ)で同VTRが入荷[19][20][21]
5月
  • 16日 - テレビ受信契約数が100万台を突破[1]
6月
7月
  • 1日 - 西日本放送(RNC)がテレビジョン放送開始(JOKF-TV)[1]。これにより、同社はテレビ・ラジオ兼営局となる。当初の放送対象地域は香川県のみで、1979年に岡山県もその対象に含まれる。
8月
読売テレビ開局(8月28日。写真は大阪・東天満の旧社屋)
読売テレビ開局(8月28日。写真は大阪・東天満の旧社屋)
テレビ西日本開局(8月28日。写真は当時の八幡仮社屋)
テレビ西日本開局(8月28日。写真は当時の八幡仮社屋)
  • 28日 - 日本テレビが開局5周年。同日、大阪地区に讀賣テレビ放送(読売テレビ・YTV。呼出符号:JOIX-TV。新大阪テレビ放送から社名変更)と、福岡県八幡市(後の北九州市)にテレビ西日本(TNC、呼出符号:JOHX-TV)と系列局2局が開局[注 17][1]。先に開局したRNCテレビも含め、日本テレビの全国ネットワーク体制の先駆けとなる[27]
9月
  • 1日 - 1956年10月に、日本の映画会社5社がテレビへの劇映画の提供を中止した「五社協定」に、この日に日活も加わり、邦画6社の足並みが揃う[1]
10月
  • 月内 - NHK、シネテープ(磁気フィルム録音再生機)の使用を開始。『週間ニュース』等で使用[1]
11月
  • 1日 - 静岡放送(SBS)テレビジョン放送開始(JOVR-TV)。これにより、同社はテレビ・ラジオ兼営局となる[1][50][51]
  • 15日
    • NHK長野放送局(JONK-TV)が、美ヶ原送信所から県域テレビジョン放送を開始[1][52]。これに伴い、それまで東京(JOAK-TV)のテレビ中継局だった長野市の善光寺平中継局は、同送信所の中継局に切り替える。
    • 信越放送(SBC、美ヶ原送信所から10月25日開局[1][53])も同日本放送開始(JOSR-TV)。これにより、同社はテレビ・ラジオ兼営局となる。
関西テレビ開局(11月22日。写真は大阪・西天満の旧社屋)
関西テレビ開局(11月22日。写真は大阪・西天満の旧社屋)
  • 22日 - 関西テレビ放送が開局(KTV、呼出符号:JODX-TV。大関西テレビ放送から社名変更)[1]
  • 28日 - NHK高知放送局テレビジョン放送開始(JORK-TV)。
  • 30日 - NHK放送技術研究所、自所初の放送用2インチVTR(アンペックス方式)を試作完成、翌月から放送に使用[1]
12月


開局・放送開始

テレビ番組

参考文献

脚注

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