慶應義塾普通部

神奈川県横浜市港北区にある私立男子中学校 From Wikipedia, the free encyclopedia

慶應義塾普通部(けいおうぎじゅく ふつうぶ、: Keio Futsubu School)は、神奈川県横浜市港北区日吉本町に所在する私立男子中学校

国公私立の別 私立学校
設置者 慶應義塾
校訓 独立自尊
設立年月日 1898年
概要 慶應義塾普通部, 国公私立の別 ...
慶應義塾普通部
北緯35度33分6.8秒 東経139度38分32.7秒
国公私立の別 私立学校
設置者 慶應義塾
校訓 独立自尊
設立年月日 1898年
創立者 福澤諭吉
共学・別学 男子校
中高一貫教育 併設型
学期 3学期制
学校コード C114310000199 ウィキデータを編集
所在地 223-0062
神奈川県横浜市港北区日吉本町一丁目45番1号
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略称は「慶應普通部」、「普通部」など。

慶應義塾小中高大一貫教育を構成する一貫教育校の一つ[1]。慶應義塾において中等教育を行う一貫教育校としては、ほかに男女共学の慶應義塾中等部慶應義塾湘南藤沢中等部が設けられており、普通部は唯一の男子校で最も古い中学校である[1]。普通部における「普通」とは、「普(あまね)く、通ずる」学びを意味しているとされている[2]

入学者は、一貫教育校の小学校である慶應義塾幼稚舎からの60~70名と[3]、外部の小学校から入学試験に合格した約180名(内部進学者数により変動)で構成されている[4]。全課程を終えて普通部長からの推薦を得ることができれば、一貫教育校の4つの高等学校から選択して進学することができる[5]

略歴

普通部という名称は、1890年明治23年)に慶應義塾に大学部を設置する際に従来の課程を「普通部」と命名したことに由来している[6][7]。中等教育課程としては1898年に5年制の「普通学科」として成立し、1899年に「普通部」と改称された[6]。このため、慶應義塾普通部の設立は1898年とされている[1]

戦後の学制改革の際、普通部は新制の中学校高等学校慶應義塾高等学校)とに分かれたが、その際に普通部の名称はそのまま新制中学校へ受け継がれた。「『普通部』という名称は新制高等学校の普通科と紛らわしい」という理由で、当時の文部省からの認可が遅れたという逸話が残っている[8]。全国で校名に「中」が含まれない唯一の中学校である[9]

1871年から慶應義塾は現在の三田キャンパスが位置する場所にあったが、1917年に普通部は現在は慶應義塾中等部が所在している三田綱町に移転、戦災のために一時は幼稚舎に身を寄せていたが、1951年から翌年にかけて現在の日吉へ移転した[6]

データ

創立
公式には1898年[1]1858年1868年1890年1899年とする解釈も存在)[要出典]
部長
2022年10月 -)森上和哲

沿革

普通部教場(1901年建築)
三田綱町時代の校舎(1922年頃)
谷口吉郎設計の校舎(1951年竣工)

慶應義塾の始まり

中等教育課程としての普通部

周辺

普通部通り

横浜市港北区日吉本町下末吉台地の上に立地する。海抜は、34.28m(事務室前)[要出典]

慶應義塾大学日吉キャンパスや慶應義塾高等学校とは東急東横線日吉駅をはさんで反対側にある。日吉駅と同校を結ぶ道は「普通部通り」と名付けられている。

特徴

私立男子中学校[1]慶應義塾小中高大一貫教育を構成する一貫教育校の一つ[1]。入学者は、一貫教育校の小学校である慶應義塾幼稚舎からの60~70名と[3]、外部の小学校から入学試験に合格した約180名(内部進学者数により変動)で構成されている[4]。幼稚舎からは普通部への進学が多く、中等部との進学比は例年約3:1である[3]

クラス編成は1年生のみ24人学級10クラス、2・3年はクラス替えなしの40人学級6クラスとなっている[2]

教育

毎年33人の卒業生を講師として招いて行われる「目路はるか教室」(全学年)や、3年生のみが履修する選択授業が特徴[2]。1年生は、「図書」や「コンピューター」の授業もある[15]。理科では毎週2時間の連続した実験授業があり、毎回実験報告書を提出を課されるなど[16]、受験勉強がない中で多くの教養を生徒に身につけさせることを意図したカリキュラムが組まれている[17]。習熟度別授業は実施されていない[2]

授業前のホームルームはなく、代わりに週一回水曜日に「教養」の時間がある。

1927年以来、毎年「労作展覧会(労作展)」と呼ばれる展覧会で展示することを前提として、自主的な作品制作の取り組みが行われている[2]。当初は手工科(現在の技術科)の作品を展示する展覧会であったが[6]、2022年時点においてはジャンル・テーマ・形式の全てが自由であり、生徒は1年間をかけて自主的に作品を作る[18]

「再修」と呼ばれる原級留置制度が採用されており、進級基準を満たさない場合には進級できない[2]。さらに、再修できるのは1回のみと定められている[2]

週当たりの授業時数は以下のとおり(普通部ホームページ(普通部の一日)から引用)。

さらに見る 国語, 社会 ...
週当たりの授業時数
国語 社会 数学 理科 英語 芸術 保健体育 コンピューター 選択 教養
1年 6 5 4 5 5 3 4 1 0 1 34
2年 5 5 6 4 6 4 3 0 0 1 34
3年 5 5 5 4 6 3 3 0 2 1 34
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制服

詰襟制服が指定されており、指定のボタンを使用する必要がある[2]。加えて着用自由な制帽があるが、制帽を着用する生徒はごくわずかである[要出典]。夏季はワイシャツズボン(黒とグレーの2色を選択可)[19]。オプションにセーターベストがある[19]

旧制時代、中学校では珍しく半ズボン制服として定めていた(1・2年生だけが対象)時期があった[20]。この伝統は戦後、慶應義塾中等部に引き継がれた(2年生の夏休み前まで)が1967年に廃止、現在は両学校の全学年とも長ズボンである。

施設

  • 本館
  • 本校舎
  • 特別教室棟
  • 南食堂
  • 体育館
  • 小体育館
  • 弓道場
  • 部室棟
  • グラウンド
  • 第二グラウンド(野球場1面・テニスコート3面)

授業(1年生の1学期のみ)や部活で使用するプールについては、慶應義塾大学の協生館にあるプールを使用する。

入学試験

学力・面接・体育実技からなり、全て同じ日に行われる(例年は2月1日)。

国語算数社会理科の4教科で行われる。国語・算数が40分100点満点、理科・社会が30分100点満点で、全教科均等配点となっている[21]
方法・内容などは、正式に公表はしていない[21]
柔軟体操のあと、簡単な運動を行う[21]

進路

全課程を終えて普通部長からの推薦を得ることができれば、一貫教育校の4つの高等学校(慶應義塾高等学校慶應義塾志木高等学校慶應義塾湘南藤沢高等部慶應義塾横浜初等部からの入学の関係から若干名に制限されている)、慶應義塾ニューヨーク学院)から選択して進学することができる[5]。2023年時点では、ほとんどの卒業生が慶應義塾高等学校に進学している[2]

著名な出身者

旧制

VIRIBUS UNITIS(1909年普通部卒業生が寄贈した石碑。三田の塾監局前に設置されている)

新制

交通アクセス

脚注および参照

関連項目

外部リンク

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