1984年のF1世界選手権
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チャンピオン争い 〜0.5ポイント差〜





「過給機付きエンジン車の最大燃料搭載量220L、および決勝レース中の再給油禁止」というレギュレーションが施行され、ターボエンジン開発は出力向上と共に燃費という新たな課題を負うことになった。
この年、本格始動したマクラーレンとポルシェ(バッジネームはTAG)のジョイントが16戦中12勝(うちワンツーフィニッシュ4回)。コンストラクターズポイントで2位に86点差をつける圧勝劇を演じた。予選ではブラバム・BMWのネルソン・ピケが9ポールポジションと最速だったが、信頼性を含めた総合力ではマクラーレンが抜きん出ていた。
ドライバーズチャンピオンもマクラーレンのチームメイト間の争いとなり、ルノーから復帰したアラン・プロストが7勝、ニキ・ラウダが5勝を挙げた。この年、ラウダは1度もポールポジションを獲得していないが、ベテランらしいレース運びでプロストの勢いに対抗した。最終戦も予選11位スタートから2位でゴールし、僅か0.5ポイントというF1史上最少得点差で3度目のワールドチャンピオンに輝いた。
大型新人登場
この年はF1ルーキーの当たり年となった。アイルトン・セナは中堅チームのトールマンからデビュー。モナコGPでは大雨の中でファステストラップを記録しながら首位のプロストを猛追した。最大で30秒以上あった差は、赤旗中止となったレース最終周では7秒差にまで縮まっていた。
BMWの秘蔵っ子ゲルハルト・ベルガーはBMWエンジンを搭載するATSからデビュー。のちにセナのライバル・盟友として時代を歩むことになる。
イギリスF3でセナと競い合ったマーティン・ブランドルはステファン・ベロフと共にティレルからデビュー。非力なノンターボ車ながらモナコGPでベロフが3位、アメリカ東GPでブランドルが2位となる健闘をみせた。しかし、後述の「水タンク事件」によりこれらの結果は抹消された。
モナコGPの仮定
この年のモナコGPは大雨のため31周終了時点で打ち切られた。規定周回数に満たないため入賞ポイントが半分に減らされ、優勝したプロストは1位9ポイントの半分である4.5ポイントしか獲得できなかった。最終的にプロストが0.5点差でタイトルを逃したため、「もしレースが続行された場合」という様々な仮定を生むことになる。
- もしレースが続行され、プロストが優勝か2位で4.5点以上を得ていれば、年間チャンピオンになれたという意見。ただし、競技委員に対しレースの切り上げをアピールしたのはプロストであり、最終的に自らの首を締める事となったのは皮肉と言えよう。
- レースが続行されたとしても優勝できたかは疑問、という意見もある。後方からセナとベロフが猛烈なペースで追い上げており、雨を苦手とする(慎重な走りになる)プロストが3位(4点)に落ちる可能性もあった。
- セナが勝った場合、F1デビュー6戦目での初優勝(トールマンにとっても初優勝)。しかし、セナよりベロフの方がペースが速く、ベロフの初優勝となった可能性もある。
- もしふたりに抜かれたとしても、セナは火傷とマシンのサスペンションにトラブルを抱えており、ベロフは後に水タンク事件で年間ポイントを剥奪されている。プロストよりも速かったのはセナとベロフだけで、セナに抜かれたとしても2位で6ポイントを獲得していたことになり、年間ポイントでラウダを1ポイント上回っていたことになる。
- もちろんセナとベロフに抜かれず優勝した可能性も大いにあり、そうなれば完全にラウダのポイントを上回っていたことになる。
第2期ホンダエンジンの勝利
アメリカグランプリにおいて、ウィリアムズのケケ・ロズベルグがウィリアムズFW09・ホンダをドライブし優勝した。ホンダは前年からターボエンジンの供給者としてF1に復帰。ホンダエンジン搭載車の勝利は1967年のイタリアGP以来となる。
水タンク事件
アメリカ東GP後の車検で、ティレルのマシン(ティレル 012)の水タンクから微量の炭化水素が検出された。これがエンジンの違法な出力アップに関係していたとして、シーズン終盤にレギュレーション違反との判定が下された。これによって、このシーズンのティレルチームと所属ドライバー、ステファン・ベロフとマーティン・ブランドル、ステファン・ヨハンソンの全ての記録・ポイントが剥奪された。
開催地及び勝者
- ^ レースは大雨のため中断、ポイントは2分の1が与えられた。
エントリーリスト
| エントラント | コンストラクター | シャーシ | エンジン | タイヤ | ドライバー |
|---|---|---|---|---|---|
| ブラバム | BT53 | BMW M12/13(直4ターボ) | M | 1. 2. (2.) (2.) | |
| ティレル | 012 | フォードDFY(V8) | G | 3. (3.) 4. (4.) | |
| ウィリアムズ | FW09,FW09B | ホンダRA164E(V6ターボ) | G | 5. 6. | |
| マクラーレン | MP4/2 | TAG TTE PO1(V6ターボ) | M | 7. 8. | |
| RAM | 01,02 | ハート415T(直4ターボ) | P | 9. 10. (10.) | |
| ロータス | 95T | ルノーEF4B(V6ターボ) | G | 11. 12. | |
| ATS | D7 | BMWM12/13(直4ターボ) | P | 14. 31.(14.) | |
| ルノー | RE50 | ルノーEF4(V6ターボ) | M | 15. 16. 33. | |
| アロウズ | A6,A7 | フォードDFV(V8) BMWM12/13(直4ターボ) |
G | 17. 18. | |
| トールマン | TG183B,TG184 | ハート415T(直4ターボ) | P | 19. (19.・20.) 20. (20.) | |
| スピリット | 101,101B | ハート415T(直4ターボ) | P | 21. (21.) | |
| アルファロメオ | 184T | アルファ・ロメオ890T(V8ターボ) | G | 22. 23. | |
| オゼッラ | FA1E,FA1F | アルファロメオ890T(V8ターボ) アルファ・ロメオ1260(V12) |
P | 24. 30. | |
| リジェ | JS23 | ルノーEF4(V6ターボ) | M | 25. 26. | |
| フェラーリ | 126C4 | フェラーリTipo031(V6ターボ) | G | 27. 28. |
ドライバー変更
- コラード・ファビ - 第6・7戦、第9戦にテオ・ファビの代役として出走
- マンフレッド・ヴィンケルホック - 最終戦のみファビの代役として出走
- ステファン・ヨハンソン - 第10戦から第13戦までブランドル、第14戦のみセナ、第15戦から最終戦までチェコットの代役として出走
- マイク・サックウェル - 第7戦にパーマー、第11戦にベロフの代役として出走
- ピエルルイジ・マルティニ - 第14戦のみ出走
エンジン変更
- アロウズは、シーズン中盤からBMWにスイッチ。
- スピリットは、第8戦のみフォードV8を搭載。
- オゼッラは、第4戦のみアルファロメオV12を搭載。
タイヤ変更
- トールマンは、第5戦からミシュランにスイッチ。
カーナンバー変更
- ゲルハルト・ベルガー(ATS) - ヴィンケルホックが最終戦ブラバムから参戦し、No.31からNo.14に変更。
1984年のドライバーズランキング
ドライバーズポイントは1位から順に6位まで 9-6-4-3-2-1 が与えられた。
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