チコ・セラ

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フルネーム フランシスコ・アドルフォ・セラ
出身地 同・サンパウロ
生年月日 (1957-02-03) 1957年2月3日(68歳)
チコ・セラ
チコ・セラ (2007年)
基本情報
フルネーム フランシスコ・アドルフォ・セラ
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
出身地 同・サンパウロ
生年月日 (1957-02-03) 1957年2月3日(68歳)
F1での経歴
活動時期 1981-1983
所属チーム '81-'82 フィッティパルディ
'83 アロウズ
出走回数 32 (18スタート)
優勝回数 0
表彰台(3位以内)回数 0
通算獲得ポイント 1
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 1981年アメリカ西GP
最終戦 1983年モナコGP
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フランシスコ・アドルフォ・"チコ"・セラFrancisco Adolpho "Chico" Serra, 1957年2月3日 - )は、ブラジル出身のレーシングドライバーである。

1984年生まれの息子ダニエル・セラもレーシングドライバーとして活動している[1]

1979年にイギリスF3アンドレア・デ・チェザリスとチャンピオン争いの末、セラは5勝を挙げチャンピオン獲得(ランキング2位はデ・チェザリス/6勝、3位はマイク・サックウェル/4勝)。同胞の先輩エマーソン・フィッティパルディから翌年のオファーを受ける。

1981年からはF1にステップアップし、エマーソン・フィッティパルディが代表を務めた「フィッティパルディ」からデビューした。しかし開幕戦アメリカ西GPで7位に入るも[2]、その後は搭乗したマシンF8Cの戦闘力が低かったこともあって完走2回、8度の予選落ちを喫した。翌年の第5戦ベルギーGPで6位入賞しポイント獲得を果たすが、これが唯一の入賞歴となった。

1983年に中堅チームのアロウズに移籍し、アロウズ・A6をドライブ。3度のシングルフィニッシュを果たすも、第5戦モナコGPでの7位完走を最後にチームは前年のF2でチャンピオン争いを演じた有望株ティエリー・ブーツェンの起用を決定しセラを放出。F1シートを失った。

その後はブラジル国内選手権などで活躍し、国内のストックカーシリーズでは1999年から3連覇を達成し、2015年まで活躍を続けた。

2007年には50歳ながら、息子と一緒にフェラーリ・430 GTを駆ってインテルラゴス1000マイル(英語版)に参戦、総合13位、クラス6位で完走した[3]。続く2009年にもインテルラゴス500kmに参戦、総合優勝を飾った。

レース成績

関連項目

脚注

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