ラファエル・マルチェッロ

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ラファエル・マルチェッロ
2022年
基本情報
国籍 スイスの旗 スイス
イタリアの旗 イタリア(2022年まで)
生年月日 (1994-12-17) 1994年12月17日(31歳)
出身地 スイスの旗 スイス・チューリッヒ
過去参加シリーズ
2017
2014-16
2012-13
2012
2012
2011
2010
FIA F2
GP2
ヨーロッパF3選手権
ユーロF3
トヨタ・レーシング・シリーズ
イタリアF3
フォーミュラ・アバルト
選手権タイトル
2018

2018
2013
ブランパンGTシリーズ
ブランパンGTシリーズ・スプリントカップ
ヨーロッパF3選手権

ラファエル・"レッロ"・マルチェッロRaffaele "Lello" Marciello, 1994年12月17日 - )はスイスのレーシングドライバー。2010年から2016年にかけて「フェラーリ・ドライバー・アカデミー」に所属し、現在はメルセデスAMG・カスタマー・レーシングのワークスドライバーを務めている。2022年より、レーシングライセンスの国籍をイタリアからスイスに変更している。

メディアによって名前は「ラファエレ・マルチェロ」「ラファエル・マリチェロ」と表記されることもある。

初期の経歴

1994年にスイスジュネーヴで誕生。2005年にカートレースにデビューを果たし、2007年にはKF3クラスにステップアップした。カート最終年となった2009年にはイントレピッド・チームの一員としてCIK-FIA ヨーロッパ選手権WSK インターナショナルシリーズに出場し、両方のシリーズで4位となった[1]

2010年にマルチェッロはJDモータースポーツよりフォーミュラ・アバルトに参戦し、四輪レースへとステップアップを果たした。マルチェッロは2つの勝利を挙げて、年間順位を3位で終えた。同年3月にはミルコ・ボルトロッティダニエル・ザンピエーリと共にフェラーリ・ドライバー・アカデミー(FDA)に起用されたことが発表された[2]

F3

2012年ポーグランプリの表彰台にて

2011年にマルチェッロはプレマ・パワーチームからイタリア・フォーミュラ3選手権に参加し、2勝を挙げて年間3位でシーズンを終えた。

2012年にはプレマとの関係を続けながらも、参戦シリーズをフォーミュラ3・ユーロシリーズ及びヨーロッパ・フォーミュラ3選手権に切り替えた。マルチェッロはどちらのシリーズでも最多勝を記録したが、ダニエル・ジュンカデラとのタイトル争いに敗れ、それぞれ年間順位は3位と2位であった。

ユーロF3がヨーロッパ・フォーミュラ3選手権に統合された2013年には13勝を記録し、ミュッケ・モータースポーツフェリックス・ローゼンクヴィストとのタイトル争いを制してチャンピオンとなった。また、11月に行われたマカオグランプリでは予選でポールポジションを獲得した[3](決勝は9周目にクラッシュしリタイア)。

GP2シリーズ

2014年1月、フェラーリはマルチェッロがGP2シリーズに昇格することを公表した[4]。その時点では所属チームは明かされなかったものの、翌月にレーシング・エンジニアリングよりGP2デビューを果たすことが明らかとなった[5]。第8戦スパ・フランコルシャンのフィーチャーレースではウェット路面の中でストフェル・バンドーンとのバトルを制し、GP2での初優勝を飾った[6]

2015年にはトライデント・チームに移籍した[7]。シーズンを通じて勝利することはできなかったものの、3度の表彰台を獲得してランキング7位となった。

2016年はフェラーリ・ドライバー・アカデミーから外れ、ミッチ・エバンスに代わってロシアン・タイムからGP2に参戦した[8]。この年も未勝利に終わったが、6度の表彰台など安定して入賞を重ねて終盤戦までタイトル争いに残り、ランキング3位のセルゲイ・シロトキンと同点となる4位でシーズンを終えた。

F1

2015年マレーシアグランプリにて

2014年11月、スクーデリア・フェラーリヤス・マリーナ・サーキットで行われる合同テストにキミ・ライコネンとマルチェッロを起用することを発表した[9]。マルチェッロは2日目のセッションを担当し、その日のセッションにおいてメルセデスパスカル・ウェーレインに続く2番手のタイムを出した[10]

同年の12月にはザウバーによってテスト兼リザーブドライバーに起用され、2015年に行われるグランプリの数戦で金曜フリー走行に出走することが明らかとなった[11]。マルチェッロはマレーシア、スペイン、イギリス、アメリカの各グランプリの金曜フリー走行に加え、カタロニア・サーキットレッドブル・リンクで行われたシーズン中テストにも参加した。カタロニアでのテストではザウバーと共にフェラーリ・SF15-Tのテスト走行も担当した。

しかし、2016年1月にザウバーはマルチェッロとのリザーブドライバー契約を更新しなかったことを認めた[8]。後にマルチェッロはフェラーリ代表のマウリツィオ・アリバベーネとの人間関係が原因でフェラーリ・ドライバー・アカデミーから「追い出された」と証言している[12]

GTレース

マルチェッロは2016年を最後にフォーミュラからGTレースへと活躍の場を移した。2017年3月にAKKA・ASPよりブランパンGTシリーズに参戦することが発表され[13]、スプリントカップと耐久カップで共にメルセデスAMG・GT3のハンドルを握った。7月に行われたスパ・フランコルシャン24時間レースでは規定の上限となる14時間近くのドライブを担当して首位争いを展開したが、最終ピット時に1スティントの運転時間の規定を満たすために時間調整を強いられ、優勝を逃した[14]

2018年3月、マルチェッロはメルセデスAMG・カスタマー・レーシングのファクトリードライバーに追加された[15]。マルチェッロは前年と同様にAKKA・ASPよりブランパンGTに参戦したほか、メルセデスのファクトリードライバーとしてインターコンチネンタルGTチャレンジピレリ・ワールドチャレンジADAC GTマスターズにも参戦した。この年、ブランパンGTシリーズとスプリントカップでチャンピオンに輝き、耐久カップでもメルセデス陣営の4号車のクルーに続く2位に入った。インターコンチネンタルGTチャレンジでも初開催となった鈴鹿10時間耐久レースで優勝し、ランキング3位となっている。

レース戦績

出典

外部リンク

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