茶礼 (韓国)

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茶礼(ちゃれい、茶禮)は、「を上げる礼」という意味の朝鮮語。

  1. タレ(다례)は、高麗時代まで存在していた朝鮮半島における茶を飲む儀式。→#茶を飲む儀式の「茶礼」(タレ)
  2. チャレ(차례)は、朝鮮王朝時代以降の先祖供養する朝鮮半島法事。漢字に反して茶ではなくを使用する儀式である[1]。→#供養の儀式としての「茶礼」(チャレ)
茶礼(タレ)
を敷いて「茶礼」を行っている様子
各種表記
ハングル 다례
漢字 茶禮
発音 タレ
日本語読み: ちゃれい
RR式 darye
MR式 tarye
英語表記: Korean tea ceremony
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朝鮮半島では、高麗時代までは茶文化がある程度普及して隆盛していたが、朝鮮王朝になると儒教を国教としたため、仏教文化である茶文化は仏教の禁圧と共に壊滅した。仏教と関連していた茶の木が根こそぎ抜かれて、茶文化が消えた[2]。お茶を奉げる仏教儀礼の「茶礼」を禁じられて以降、酒を奉げる儒教の「祭祀」となったが、名前のみは「茶礼」と呼ばれていた[3]。これが後述の供養の儀式としての「茶礼」(チャレ)となる。

1960年代に崔吉城が韓国文化財管理局からの依頼で茶文化を調査した際にも、数箇所の寺で個人的に茶を若干栽培しているのみ、という状態だった[2][3]。こうした中、韓国では1970年代に「韓国茶文化復興運動」が始まった。「韓国茶文化の伝道師」といわれる韓国茶文化協会理事長(2010年現在)のイ・グィレは、1973年から古典の翻訳等の研究を進め、1979年に「韓国茶人会」を発足させた。1981年には毎年5月25日を「茶の日」と指定し、1995年になると「韓国茶文化展」をドイツ、米国、中国、インドなど15カ国で開催し宣伝普及を行っている[4]。しかし、茶について書かれた史書が韓国ではせいぜい10冊程度しか残っておらず、当時どのように茶礼がとりおこなわれていたのかはわかっていない[5]

また、茶道(茶礼)は古代韓国から日本に伝わったという韓国起源説が一部で存在しているが[6][5](p50)、そのような説は史書の扱いに無理があることや日本の茶道は強い独自性があること等から否定されている[7]

備考

  • 高麗時代に茶礼が形成されるも、李朝時代となると儒教社会となったことで茶に替わり、「おこげ」に湯をかけるスンニュン숭늉)が普及し[8]、朝鮮半島のほとんどの土地から茶が消える[8]。現在、茶名に至っては、「雀舌茶」「一旗一槍」「天池茶」などは中国の茶名であり、日本の茶名には見られない[9]。すなわち日本茶より中国茶の影響の方が大きいことを意味する。
  • 朝鮮半島には640年頃には茶が飲まれ、835年には茶の実が導入されたとする説もある[10]

関連項目

供養の儀式としての「茶礼」(チャレ)

脚注

参照元

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