1975年イギリスグランプリ
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| レース詳細 | |||
|---|---|---|---|
|
| |||
| 日程 | 1975年シーズン第10戦 | ||
| 決勝開催日 | 7月19日 | ||
| 開催地 |
シルバーストン・サーキット | ||
| コース長 | 4.719 km (2.932 mi) | ||
| レース距離 |
56周 264.264 km (164.206 mi) (当初の予定は67周[W 1]) | ||
| 決勝日天候 | 曇のち雨(ドライ→ウェット)[1] | ||
| ポールポジション | |||
| ドライバー | |||
| タイム | 1:19.36[W 2][2] | ||
| ファステストラップ | |||
| ドライバー |
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| タイム | 1:20.9(16周目)[W 3][3] | ||
| 決勝順位 | |||
| 優勝 |
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| 2位 | |||
| 3位 | |||
1975年イギリスグランプリ(1975ねんイギリスグランプリ、英: 1975 British Grand Prix、正式名称: John Player Grand Prix[W 5])は、1975年のF1世界選手権の第10戦として、1975年7月19日にシルバーストン・サーキットで開催された自動車レース(イギリスグランプリ)。
1926年の初開催以来30回目となるイギリスグランプリであり、シルバーストンでの開催としては17回目である。レースは約4kmのコースで当初予定されていた67周のうち56周を走行し、総走行距離264kmで行われた。スタート時に赤と緑のシグナルを用いるシステムが初めて採用されたレースである(このシステムは1995年オーストラリアGPまで使用された)。
レース結果は、53周目からの激しい雹の嵐によって影を潜めた。この嵐により、上位4台のうち3台(ジョディー・シェクター、ジェームス・ハント、マーク・ダナヒュー)がアクアプレーンを起こし、同じコーナーでクラッシュした。レースは57周目に赤旗が出されて終了し[1]、表彰台には多くの欠員が生じた。ウィルソン・フィッティパルディ、ヨッヘン・マス、ジョン・ワトソンなど、他の多くのマシンも同コーナーでクラッシュした。レース結果は、マクラーレン・M23で首位を走行していたブラジル人ドライバーのエマーソン・フィッティパルディが56周を終了した時点のタイムにより決定された[1]。クラッシュしたドライバーの一人、ブラバム・BT44Bを駆るカルロス・パーチェが2位、同じくクラッシュしたドライバーで、ティレル・007を駆るシェクターは3位にランクインした。
背景
エントリー
本GPは追加のドライバーによりエントリー数が増え[W 6]、28台が参加する[1]。
ロータスはジャッキー・イクスがチームを離脱し、ジム・クロフォードとブライアン・ヘントンの若手イギリス人ドライバーを起用して3台体制とした[W 6]。マーチはハンス=ヨアヒム・スタックが復帰して3台体制とした[W 1]。ペンスキーは自製マシンのPC1に十分な戦闘力がないと判断し[W 6]、マーチから751を購入して参戦する[W 1]。サーティースはナショナル・オルガンズから資金援助を受けたデイヴ・モーガンを加えて2台体制とした[W 1]。エンサインも2台をエントリーし、ロエロフ・ヴンデリンクが復帰してN175を走らせるが、N174を走らせる予定だったジィズ・ヴァン・レネップは欠場した[W 6]。ウィリアムズは旧型FW用のエンジンがないため、本GPで起用される予定だったイアン・アシュレイは参加できなかった[W 1]。ジョン・ニコルソンは前年同様イギリスGPのみリンカー・006でスポット参戦する[6]。マキは第8戦オランダGPに続き鮒子田寛が参戦する[7]。BRMは新型エンジンの開発期間を確保するため今後2戦を欠場すると発表したことにより、ホームグランプリに参加できなかった[W 1]。
エントリーリスト
- 追記
予選
予選は金曜日、土曜日の各2回、計4回のセッションで行われた[8]。
トム・プライスは母国グランプリでキャリア唯一となるポールポジションを獲得した。カルロス・パーチェがプライスとともにフロントローに並んだ[W 6]。ニキ・ラウダとクレイ・レガツォーニのフェラーリ勢が2列目に並び[W 6]、ジェームズ・ハントは5列目に沈んだ。鮒子田寛は最下位で予選を通過できなかった[9]。
予選結果
| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | タイム | 差 | Grid |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 16 | シャドウ-フォード | 1:19.36 | - | 1 | |
| 2 | 8 | ブラバム-フォード | 1:19.50 | +0.14 | 2 | |
| 3 | 12 | フェラーリ | 1:19.54 | +0.18 | 3 | |
| 4 | 11 | フェラーリ | 1:19.55 | +0.19 | 4 | |
| 5 | 9 | マーチ-フォード | 1:19.63 | +0.27 | 5 | |
| 6 | 3 | ティレル-フォード | 1:19.81 | +0.45 | 6 | |
| 7 | 1 | マクラーレン-フォード | 1:19.91 | +0.55 | 7 | |
| 8 | 7 | ブラバム-フォード | 1:20.04 | +0.68 | 8 | |
| 9 | 24 | ヘスケス-フォード | 1:20.14 | +0.78 | 9 | |
| 10 | 2 | マクラーレン-フォード | 1:20.18 | +0.82 | 10 | |
| 11 | 17 | シャドウ-フォード | 1:20.33 | +0.97 | 11 | |
| 12 | 27 | パーネリ-フォード | 1:20.36 | +1.00 | 12 | |
| 13 | 23 | ヒル-フォード | 1:20.41 | +1.05 | 13 | |
| 14 | 10 | マーチ-フォード | 1:20.46 | +1.10 | 14 | |
| 15 | 28 | マーチ-フォード | 1:20.50 | +1.14 | 15 | |
| 16 | 5 | ロータス-フォード | 1:20.58 | +1.22 | 16 | |
| 17 | 4 | ティレル-フォード | 1:20.60 | +1.24 | 17 | |
| 18 | 18 | サーティース-フォード | 1:20.83 | +1.47 | 18 | |
| 19 | 21 | ウィリアムズ-フォード | 1:21.01 | +1.65 | 19 | |
| 20 | 22 | ヒル-フォード | 1:21.19 | +1.83 | 20 | |
| 21 | 15 | ロータス-フォード | 1:21.36 | +2.00 | 21 | |
| 22 | 29 | マーチ-フォード | 1:21.60 | +2.24 | 22 | |
| 23 | 19 | サーティース-フォード | 1:21.65 | +2.29 | 23 | |
| 24 | 30 | コパスカー-フォード | 1:21.67 | +2.31 | 24 | |
| 25 | 6 | ロータス-フォード | 1:21.86 | +2.50 | 25 | |
| 26 | 32 | リンカー-フォード | 1:22.86 | +3.50 | 26 | |
| 上位26台が決勝進出 | ||||||
| 27 | 31 | エンサイン-フォード | 1:25.02 | +5.66 | DNQ | |
| 28 | 35 | マキ-フォード | 1:26.61 | +7.25 | DNQ | |
| 出典: [W 2][W 10] | ||||||
決勝

引退を表明したグラハム・ヒルがレース開始1時間前にレーシングスーツとヘルメットを着用せず、別れの周回を行った。
レーススタートでは従来の国旗に代わり、F1史上初となる信号システムが導入された。カルロス・パーチェがトム・プライスを抑えて首位に立った。
雹嵐の後、最終的に走行していたのはわずか6台のみであった。王立自動車クラブ(RAC)は、まだ大半のマシンが走行していた周回(56周目)の翌周回で赤旗を振り[10]、公式にレース終了を宣言した。順位は首位を走行していたエマーソン・フィッティパルディが56周目を終えたタイムを基準に決定された[1]。マーチはこの順位決定に対して抗議したが[10][注 2]、却下された[W 1]。なお、全周回(67周)の75%を消化したため(83.6%)、フルポイントが与えられた[W 1]。
入賞したドライバーのうち、2位から5位までのドライバーがアクシデントに巻き込まれ[10]、コース脇はハイドロプレーニング現象によってクラッシュしたマシンの墓場と化し[11]、トニー・ブライズ、ヨッヘン・マス、ジャン=ピエール・ジャリエ[注 3]といったドライバーのみならず、マーシャルや観客も負傷した[13]。
この勝利は、2度のドライバーズチャンピオンを含むE.フィッティパルディのキャリアにおける14度目にして最後の勝利となった。E.フィッティパルディは1980年までF1ドライバー活動を続けることになる。この勝利によりE.フィッティパルディはカルロス・ロイテマンを抜いてドライバーズランキング2位に浮上し、首位のニキ・ラウダとの差を14点に縮めた。
レース結果
| 順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | 周回数 | タイム/リタイア原因 | Grid | Pts. |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | マクラーレン-フォード | 56 | 1:22:05.0 | 7 | 9 | |
| 2 | 8 | ブラバム-フォード | 55 | アクシデント | 2 | 6 | |
| 3 | 3 | ティレル-フォード | 55 | アクシデント | 6 | 4 | |
| 4 | 24 | ヘスケス-フォード | 55 | アクシデント | 9 | 3 | |
| 5 | 28 | マーチ-フォード | 55 | アクシデント | 15 | 2 | |
| 6 | 9 | マーチ-フォード | 55 | +1 Lap | 5 | 1 | |
| 7 | 2 | マクラーレン-フォード | 55 | アクシデント | 10 | ||
| 8 | 12 | フェラーリ | 54 | +2 Laps | 3 | ||
| 9 | 4 | ティレル-フォード | 54 | アクシデント | 17 | ||
| 10 | 22 | ヒル-フォード | 54 | +2 Laps | 20 | ||
| 11 | 18 | サーティース-フォード | 54 | アクシデント | 18 | ||
| 12 | 27 | パーネリ-フォード | 54 | +2 Laps | 12 | ||
| 13 | 11 | フェラーリ | 54 | +2 Laps | 4 | ||
| 14 | 17 | シャドウ-フォード | 53 | アクシデント | 11 | ||
| 15 | 23 | ヒル-フォード | 53 | アクシデント | 13 | ||
| 16 | 15 | ロータス-フォード | 53 | アクシデント | 21 | ||
| 17 | 32 | リンカー-フォード | 51 | アクシデント | 26 | ||
| 18 | 19 | サーティース-フォード | 50 | アクシデント | 23 | ||
| 19 | 30 | コパスカー-フォード | 50 | アクシデント | 24 | ||
| Ret | 10 | マーチ-フォード | 45 | アクシデント | 14 | ||
| Ret | 6 | ロータス-フォード | 28 | アクシデント | 25 | ||
| Ret | 16 | シャドウ-フォード | 20 | アクシデント | 1 | ||
| Ret | 29 | マーチ-フォード | 18 | エンジン | 22 | ||
| Ret | 5 | ロータス-フォード | 7 | エンジン | 16 | ||
| Ret | 21 | ウィリアムズ-フォード | 5 | ギアボックス | 19 | ||
| Ret | 7 | ブラバム-フォード | 4 | エンジン | 8 | ||
| DNQ | 31 | エンサイン-フォード | 予選不通過 | ||||
| DNQ | 35 | マキ-フォード | 予選不通過 | ||||
| 優勝スピード(勝者E.フィッティパルディの平均速度):193.168 km/h | |||||||
| ファステストラップ:クレイ・レガツォーニ - 1:20.9(16周目)[W 3] | |||||||
| 出典: [W 11][W 4][W 10] | |||||||
- 追記
- 突然の大雨による多重事故のため、57周目に赤旗が掲示されてレースは終了した。順位は首位のE.フィッティパルディが56周を終えたタイムにより決定された[1]。
- * - 赤旗が掲示された時点で多重事故に巻き込まれたドライバー[1]
| ドライバー | 周回数 | リードラップ |
|---|---|---|
| カルロス・パーチェ | 17周 | 1-12, 22-26 |
| クレイ・レガツォーニ | 6周 | 13-18 |
| トム・プライス | 2周 | 19-20 |
| ジョディー・シェクター | 7周 | 21, 27-32 |
| ジャン=ピエール・ジャリエ | 2周 | 33-34 |
| ジェームス・ハント | 8周 | 35-42 |
| エマーソン・フィッティパルディ | 14周 | 43-56 |
| 出典: [W 12] | ||
- 太字は最多ラップリーダー
主な記録
ドライバー
- 最終優勝:エマーソン・フィッティパルディ - 14勝[W 1]
- 初ポールポジション:トム・プライス - 19戦目で唯一のポールポジション[W 13][W 1]
- 50戦目の出走:カルロス・ロイテマン[W 1]
- 初参戦 / 初出走 / 初完走:ブライアン・ヘントン[W 14]、デイヴ・モーガン[W 15] - モーガンは唯一の参戦[W 15]
- 初参戦 / 初出走:ジム・クロフォード[W 16]
- 初出走 / 初完走:ジョン・ニコルソン - 唯一の出走かつ最後の参戦[W 17]
- 最終入賞 / 最終完走:マーク・ダナヒュー[W 18]
- 最終参戦:鮒子田寛[W 19]
コンストラクター
エンジン
第10戦終了時点のランキング
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- 注: トップ5のみ表示。有効ポイントは前半7戦のうちベスト6戦と後半7戦のうちベスト6戦の合計。ポイントは有効ポイント、括弧内は総獲得ポイント。ハントとロイテマンは同点だが、上位フィニッシュの回数(ハントは優勝1回、ロイテマンは最上位が2位)によりハントが上位となる。