木登りをする少年たち
From Wikipedia, the free encyclopedia
| スペイン語: Muchachos trepando a un árbol 英語: Boys Climbing a Tree | |
| 作者 | フランシスコ・デ・ゴヤ |
|---|---|
| 製作年 | 1791-1792年 |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 141 cm × 111 cm (56 in × 44 in) |
| 所蔵 | プラド美術館、マドリード |
『木登りをする少年たち』(きのぼりをするしょうねんたち、西: Muchachos trepando a un árbol, 英: Boys Climbing a Tree)は、18-19世紀のスペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤが1791-1792年にキャンバス上に油彩で制作した風俗画である。エル・エスコリアル宮殿内にあったカルロス4世の執務室を飾るタピストリー連作用の下絵 (カルトン) の1枚として描かれた[1][2][3]。1869年まで失われたものと考えられていたが、美術史家のグレゴリオ・クルサダ・ビリャミル (Gregorio Cruzada Villaamil) によりマドリード王宮の地下室で発見され、1870年1月19日と2月9日の勅令でプラド美術館に移されて以来[1][2]、同美術館に所蔵されている[1][2][3]。作品は、プラド美術館の1876年の目録で初めて言及された」[4]。
本作は、ゴヤによる最後のタピストリー連作用の下絵に含まれていたものである。本来、その連作は、カルロス4世自身の意向により「遊戯的な田舎風の題材」を扱うことが定められていた[3]。12点が制作されるはずであったが、当時のゴヤはタピストリー連作用の下絵を制作する意欲を失っており、1790年になされた注文を断ろうとした。前年に宮廷画家に任用され、ひとかどの地位を得ていたゴヤにとって、制約が大きく本領を発揮できないうえ、タピストリーが制作されれば、人目に触れなくなる下絵の制作は気の進まない仕事になっていた[3]。
下絵の中で完成したのは、本作以外に『村の結婚式』、『藁人形』、『シーソー (El balancín)』、『小さな巨人たち (Las gigantillas)』、『竹馬』、そして『水瓶を頭に載せた女たち (Las mozas del cántaro)』 (フィラデルフィア美術館蔵の『シーソー』以外は、すべてプラド美術館蔵) である。ジャニス・トムリンソン (Janis Tomlinson) によれば、この連作のうち、本作『木登りをする少年たち』、『藁人形』、『巨人』、『竹馬』などは「不安定さ」を表現しているという[5]。実際、これらの絵画には、「高さと危うさ」の感覚が暗示されている。一方で、この下絵連作は、『村の結婚式』、『藁人形』など男女関係の皮肉に焦点を当てた作品を含んでおり、ゴヤの画業の中で重要な位置を占めている[3]。なお、この下絵連作は全体として、明るい背景に人物像を配置して、奥行きを表すという様式的特徴を共有している[3]。

本作は「子供の遊び」の主題を表す作品として、『小さな巨人たち』、『シーソー』とともに扉の上の壁面を飾る小サイズのタピストリー用として制作された[3]。ゴヤが「木登り」のモティーフを取り上げたのは、これが最初ではなく、エル・パルド王宮内のアストゥリアス皇太子 (後のカルロス4世) 夫妻用の食堂用タピストリーの下絵『果実を採る少年たち』 (プラド美術館) の前例がある[3]。
この絵画では、3人の少年たちがいっしょに遊んでおり、そのうちの1人が小さな木に登ろうとしている。彼は、四つん這いになっているもう1人の少年の背中に足を置き、別の1人に背後から支えられている[1][2][3]。本作を『果実を採る少年たち』と比較すると、両作品を隔てる10数年の間のゴヤの変貌が見て取れる。本作で、ゴヤは、もはや空間を前景、中景、後景という区分ではなく、人物像そのものとその位置によって表現しているのである。人物像の数も減らされ、同時により明瞭に描かれている[2]。
連作のほかの作品
- 『村の結婚式』1792年、プラド美術館
- 『藁人形』1791-1792年、プラド美術館
- 『シーソー』1791-1792年、フィラデルフィア美術館
- 『小さな巨人たち』1791-1792年、プラド美術館
- 『竹馬』1791-1792年、プラド美術館
- 『水瓶を頭に載せた女たち』1791-1792年、プラド美術館