王妃マリア・ルイサ騎馬像
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| スペイン語: La reina María Luisa a caballo 英語: Queen Maria Luisa on Horseback | |
| 作者 | フランシスコ・デ・ゴヤ |
|---|---|
| 製作年 | 1799年 |
| 種類 | キャンバスに油彩 |
| 寸法 | 338 cm × 282 cm (133 in × 111 in) |
| 所蔵 | プラド美術館、マドリード |
『王妃マリア・ルイサ騎馬像』(おうひマリア・ルイサきばぞう、西: La reina María Luisa a caballo, 英: Queen Maria Luisa on Horseback)は、18-19世紀のスペインの巨匠フランシスコ・デ・ゴヤがキャンバス上に油彩で制作した肖像画である。1814年にマドリード王宮にあったことが記録されている[1][2]、スペイン王室のコレクションに由来する作品で、1819年以来、対作品の『カルロス4世騎馬像』とともにマドリードのプラド美術館に所蔵されている[1][2][3]。本作と『カルロス4世騎馬像』は、プラド美術館創立時に展示された3点のゴヤの作品中の2点である[3]。
ゴヤが宮廷画家として仕えていたカルロス3世は1788年に死去した。皇太子であったカルロス(後のカルロス4世)はナポリ王国とシチリア王国 (どちらもスペイン帝国の一部) の王であったが、1789年に妃のマリア・ルイサ・デ・パルマとともにスペイン王位を継承するためにマドリードに到着した[4]。ゴヤは王夫妻の宮廷画家となり、2人の肖像を何度も描くこととなった[5]。
本作『王妃マリア・ルイサ騎馬像』は1799年に、対作品の『カルロス4世騎馬像』は1800-1801年に制作された。王妃はゴヤの前で3回ポーズを取り、出来上がった絵画に満足感を表した[6]。両作品は、王が外国の来賓とともに晩餐をした、マドリード王宮内の大広間用であった。その広間で、両作は、17世紀末まで続いたスペイン・ハプスブルク家の統治者を表す騎馬像の大作、すなわち、ディエゴ・ベラスケスの『フェリペ4世騎馬像』、ティツィアーノの『カール5世騎馬像』 (ともにプラド美術館蔵) と並べて掛けられた[7]。 フランス・ブルボン家出身のカルロス4世と王妃マリア・ルイサは、1789年のフランス革命勃発の後には不安定な状況にあった。ハプスブルク、ブルボン両家の騎馬肖像画を並べることにより、カルロス4世夫妻は脅威に直面していた中、スペイン王家の継続性を強調したかったのである[5]。
カルロス4世は、フランスとの外交関係をよくするためにスペインの駐仏大使を通してフランス革命期の第一の画家ジャック=ルイ・ダヴィッドにナポレオンの騎馬肖像『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』(現在、フランスの国立マルメゾン城美術館蔵) を依頼した。一方で、パリには、カルロス4世夫妻を正装で表す全身肖像画が送られることになった[7]。
作品


王妃は、彼女のために特別に誂えられた親衛隊大佐用の制服を纏っている[1][2]。マリア・ルイサ騎士団の飾緒が彼女の上着の下の胸部に掛けられ、星十字騎士団の勲章が襟の折り返しの黒いリボンに留められている。王妃は、国王夫妻がスペインの馬種を一新しようとしていた時期にマヌエル・デ・ゴドイが夫妻に贈った馬マルシアル (Marcial) に乗っている[1]。王妃は自然で確固とした感じで手綱を持ち上げ[8]、馬に大胆に跨っている。しかし、事実上、馬を操っておらず、女性に求められる礼儀として足を揃えて座っている。彼女の高慢な表情は、荒馬を制御していることの満足感と解釈できる[6]。


ゴヤは、カルロス4世夫妻の騎馬肖像画において、ディエゴ・ベラスケスの『マルガリータ・デ・アウストリア騎馬像』と『イサベル・デ・ボルボン騎馬像』 (ともにプラド美術館蔵) に触発されている。ゴヤはこれらの騎馬像を熟知していたが、それは、1778年にこれらにもとづく素描と版画を制作していたからであった[1][2]。
ゴヤは、権力と権威を象徴する伝統的なルバード (棹立ち) の騎馬肖像から離れ、威厳を表しつつ穏やかな騎馬肖像を描いている。また、画家は、本物の馬を描くように要請された。ベラスケスの馬の描写に影響を受けながらも、ゴヤの馬はよりダイナミックなものとなっている[7]。しかし、馬を描くことはゴヤにとっては困難なことで、彼はそのことを友人マルティン・サパテールに宛てた手紙の中で述べている。実際、馬の耳と脚の部分に、ゴヤの数多くの描き直しが見て取れる[6]。
本作の背景となっているグアダラマ山脈[1][2][3]もまた、ディエゴ・ベラスケスの影響を受けたものである。王妃の姿は、雲が多く、嵐をはらんだ空を背に映えている。遠景にはエル・エスコリアル修道院の輪郭が見える[1][2]が、ゴヤが本作と対作品の『カルロス4世騎馬像』の習作を描いたのは、このエル・エスコリアル修道院においてであった[8]。