バルトロメ・スレダの肖像
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| スペイン語: Retrato de Bartolomé Sureda 英語: Bartolomé Sureda y Miserol | |
| 作者 | フランシスコ・デ・ゴヤ |
|---|---|
| 製作年 | 1803-1804年ごろ |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 119.7 cm × 79.3 cm (47.1 in × 31.2 in) |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー、ワシントン |
『バルトロメ・スレダの肖像』(バルトロメ・スレダのしょうぞう、西: Retrato de Bartolomé Sureda, 英: Bartolomé Sureda y Miserol)は、18-19世紀のスペインの巨匠フランシスコ・デ・ゴヤが1803-1804年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した肖像画である。1941年にP・H・B・フレリングハイセン (P.H.B. Frelinghuysen) 夫妻から、モデルの妻を描いた対作品『テレサ・デ・スレダの肖像』とともに寄贈されて以来、ワシントン・ナショナル・ギャラリーに所蔵されている[1][2]。
パルマ・デ・マヨルカ出身のバルトロメ・スレダ (1767-1850年) は、産業革命発祥の地ロンドンに滞在し、活版印刷、製錬、機械製造、陶磁器製造などの技術を学んだ。1804年にスペインに帰国すると、国王カルロス4世は彼を王立ブエン・レティーロ陶磁器製作所の所長に任命し、彼はイングランドで学んだ技術を生かすこととなった。いくつかの王立会社で異なる職を歴任した後、スレダはマヨルカに隠居し、そこで死去した[2]。
スレダは才能のある芸術家でもあり、刻まれた線よりも変化に富む色調を強調する新たな版画技法アクアチントをゴヤに教えた。ゴヤは、有名な版画集「ロス・カプリーチョス」で微妙な明暗の効果を生むためにアクアチントの技法を用いている[1]。
スレダはゴヤの友人であった。そのため、画面のスレダのポーズは形式的なものではなく、親しみやすい印象を与える[1]。彼は鑑賞者を見つめつつ、右手を横のテーブルの上に置き、左手を腰の上に当てて、半ば身を持たせかけた状態で立っている[1][2]が、このポーズは『エバリスト・ペレス・デ・カストロの肖像』 (ルーヴル美術館、パリ) と同じものでもある[3]。
左上から射し込んでいる光がスレダの顔、シャツ、上半身を照らしだし、画面の残りの部分は陰の中にある[1][2]。このような明暗表現は、「ロス・カプリチョース」のものと類似している[1]。スレダは、鑑賞者に鮮やかな赤い裏地のあるシルクハットを見せている。彼の表情は物思いに沈み、いくぶん虚ろなように見えるが、白色のシャツが作品に明るさと生き生きとした感じを与える。一方、無地の背景は、人物像の量感を示すのに寄与している。なお、スレダのスーツは、赤色と白色の加えられた緑色と灰色の筆致で描かれている[2]。
ギャラリー
- ゴヤ『テレサ・スレダの肖像』 (1803-1804年ごろ)、ナショナル・ギャラリー (ワシントン)