村の結婚式
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| スペイン語: La boda 英語: The Wedding | |
| 作者 | フランシスコ・デ・ゴヤ |
|---|---|
| 製作年 | 1791-1792年 |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 269 cm × 396 cm (106 in × 156 in) |
| 所蔵 | プラド美術館、マドリード |
『村の結婚式』(むらのけっこんしき、西: La boda, 英: The Wedding)は、18-19世紀のスペインの巨匠フランシスコ・デ・ゴヤが1791-1792年にキャンバス上に油彩で制作した風俗画である。エル・エスコリアル宮殿内にあったカルロス4世の執務室を飾るタピストリー連作用の下絵 (カルトン) の1枚として描かれた[1][2][3][4]。1869年まで失われたものと考えられていたが、美術史家のグレゴリオ・クルサダ・ビリャミル (Gregorio Cruzada Villaamil) によりマドリード王宮の地下室で発見され、1870年1月19日と2月9日の勅令でプラド美術館に移されて以来[1][2]、同美術館に所蔵されている[1][2][3][4]。作品は、プラド美術館の1876年の目録で初めて言及されている[5]。
本作は、ゴヤによる最後のタピストリー連作用の下絵に含まれていたものである。本来、その連作は、カルロス4世自身の意向により「遊戯的な田舎風の題材」を扱うことが定められていた[6]。12点が制作されるはずであったが、当時のゴヤはタピストリー連作用の下絵を制作する意欲を失っており、1790年になされた注文を断ろうとした。前年に宮廷画家に任用され、ひとかどの地位を得ていたゴヤにとって、制約が大きく本領を発揮できないうえ、タピストリーが制作されれば、人目に触れなくなる下絵の制作は気の進まない仕事になっていた[3][6]。
下絵の中で完成したのは、本作以外に『藁人形』、『木登りをする少年たち』、『シーソー (El balancín)』、『小さな巨人たち (Las gigantillas)』、『竹馬』、そして『水瓶を頭に載せた女たち (Las mozas del cántaro)』 (フィラデルフィア美術館蔵の『シーソー』以外は、すべてプラド美術館蔵) である。ジャニス・トムリンソン (Janis Tomlinson) によれば、この連作のうち、『藁人形』、『木登りをする少年たち』、『小さな巨人たち』、『竹馬』などは「不安定さ」を表現しているという[7]。実際、これらの絵画には、「高さと危うさ」の感覚が暗示されている。一方で、この下絵連作は、本作『村の結婚式』、『藁人形』など男女関係の皮肉に焦点を当てた作品も含んでおり、ゴヤの画業の中で重要な位置を占めている[6]。なお、この下絵連作は全体として、明るい背景に人物像を配置して、奥行きを表すという様式的特徴を共有している[6]。
連作のほかの作品
- 『藁人形』1792年、プラド美術館
- 『竹馬』1791-1792年、プラド美術館
- 『シーソー』1791-1792年、フィラデルフィア美術館
- 『小さな巨人たち』1791-1792年、プラド美術館
- 『木登りをする少年たち』1791-1792年、プラド美術館
- 『水瓶を頭に載せた女たち』1791-1792年、プラド美術館
作品
本作は、田舎に設定されている。以前のゴヤのタピストリー下絵は都市かその近郊に設定されていたため、これは新しいものである[2]。表されているのは、行われたばかりの農民の結婚を祝う多数の人物とともに[2]、新郎新婦が教会から自宅に向かっている途中の光景である[3]。この大作で、ゴヤは以前のタピストリー下絵とは異なる新たな構図を導入しており、もはや、折り重なる前景、中景、後景という構成やピラミッド型構図は見られない。人物たちは非常なクローズアップで捉えられ[2]、アーチ型をなす橋に枠どられている[1][2]、閉じられた空間に表されている[2]。フリーズ (並列) 状の新古典主義的な空間構成が斬新である[3]。
この橋のアーチから射し込む光が人物たちの服の色を鮮やかに強調している。中央には新郎新婦がおり、新婦は若い女性たちの視線の的となっている。一方、新郎は空を背景に赤いコートにより強調され、人々の行列を二分している。右側には、緑色のコートを纏っている、もう1人の目立つ人物、おそらく花嫁の父が見える[2]。彼の左隣にいる黒衣の人物は主任司祭である。新婦の左側には、貧しくとも、たくましい子供たちが見える[3]。

登場人物たちの態度から、これは政略結婚であることが明らかである。優雅なドレスに身を包んだ美しい娘は、新たに得た経済的社会的地位がもたらした尊厳を持ち、この笑劇を理解しているほかの娘たちが凝視することを許している[2]。一方、サルのような顔をした醜い金持ちの新郎は、新妻に対する欲望を露わにしている。彼は滑稽なほど古めかしい服装をして、この喜劇の主役となっている。花嫁の父は愛情深い眼差しで花婿を見ており、その顔には、うまい事やり遂げた者の幸福感が見て取れる[2]。しかし、若い娘たちは新婦を笑っており、司祭も新婦の父を笑っているように見える[1]。
打算的な結婚の主題は風刺文学や演劇で非常に人気のあるものであったが、知識階級や立法者たちの間では議論の対象となるものでもあった。ゴヤの友人で劇作家であったフェルナンデス・デ・モレティンも、この主題に3作品を捧げている。ゴヤは、後の版画集「ロス・カプリーチョス」においても、この主題をいくつかの版画で取り上げている[2]。
本作には、「人生の諸段階 (三段階[3])」が表されていると見ることもできる[2]。実際、人物たちは左から右に若・壮・老の年齢順に配置されており、子供たちは左側、老人たちは右側に登場している[2][3][4]。この構図は、民衆版画に取り上げられる「人生の諸段階」の図像を踏まえ得ているのかもしれない[4]。橋に続く階段は「人生の梯子」を示唆している可能性があり、結婚はその一里塚である。かくして、後の作品のように、ゴヤがすでに道徳的主題を導入していることを見て取ることができ、彼のそうした主題に対する関心は明らかである[2]。