下地駅
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歴史
下地駅を開設した豊川鉄道は、現在のJR飯田線南部にあたる豊橋・大海間を運営していた私鉄である。同鉄道線は1897年(明治30年)に豊橋から豊川まで開通するが、その際、現下地駅が所在する当時の鹿菅村に駅は開設されなかった。下地駅が新設されたのはそれから20年以上を経た1925年12月である。開設当初の名称は「下地停留場[注釈 1]」であった。
1943年8月、豊川鉄道線は買収・国有化され国有鉄道飯田線が成立する。これに伴って下地停留場は国有鉄道の「下地駅」となった。開業時から貨物営業を行っておらず、国有化後も貨物・荷物の取り扱いが開始されることのないまま、1987年4月の国鉄分割民営化を迎えてJR東海に継承された。
年表
- 1925年(大正14年)12月23日:豊川鉄道の下地停留場として宝飯郡下地町に開業。旅客営業のみを行う旅客駅であった[2]。
- 1943年(昭和18年)8月1日:国有化、国鉄飯田線の下地駅となる[2]。
- 1947年(昭和22年)10月21日:旅客の制限を撤廃[2][3]。
- 1969年(昭和44年)4月1日:業務委託駅となる[4]。
- 1974年(昭和49年)8月21日:現在の駅舎に改築[5]。下り線が移設され変則配置のホームとなる。
- 1985年(昭和60年)4月1日:業務委託終了、無人化[6]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、東海旅客鉄道(JR東海)の駅となる[7]。
- 1991年(平成3年)3月16日:ダイヤ改正。以降、停車列車は豊橋 - 豊川間の区間運転列車が中心に。
- 2010年(平成22年)3月13日:ICカード「TOICA」の利用が可能となる[8]。
- 2018年(平成30年)3月:駅ナンバリングが導入され、使用を開始する。当駅には「CD02」が与えられた[9]。
- 2024年(令和6年)3月16日:駅舎改築[10]。
- 旧駅舎(2011年3月)
駅構造
盛土(築堤)上にあり、片側にのみ線路が接する単式ホームを2つの単式ホームが背中合わせで配置(いわゆるH型)されて島式ホームに類似する形状の2面2線の駅(同様の構造はバルーンさが駅でも見られる)となっている[11][12]。変則的な形状であるのは、東海道本線上下線と飯田線下り線が使用する豊川橋梁(駅の南側)の架け替え・移設に伴ってホームも改修されたためである(元は幅の狭い島式ホームであった)[12]。ホーム番線は西側が1番線、東側が2番線である。
2本のホームに挟まれた場所に駅舎が設置されている[12]。無人駅(駅員無配置駅)であり、管理駅(駅長配置駅)である豊川駅の管理下に置かれている[13]。かつては有人駅であったが、1969年の業務委託化を経て、1985年から無人駅となっている。
現在の駅舎は2024年(令和6年)3月16日より供用を開始した[10]。東海道新幹線の廃車発生品由来のアルミニウム合金を活用した「東海道新幹線再生アルミ」による駅舎建設は当駅が初の事例となる[14]。このほか、既存駅舎の部材や木枕木の再活用、LED照明の使用するなど環境負荷の低減を目指した造りとなっている[10]。ガラス面の装飾はイチョウをモチーフとしたもので、沿線にある豊橋市立下地小学校のイチョウ(「とよはしの巨木・名木100選」選出)に由来する[10]。
のりば
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | CD 飯田線 | 下り | 豊川・飯田方面[注釈 2] |
| 2 | 上り | 豊橋方面[注釈 2] |
- 駅舎内部(2025年3月)
- 駅舎前に敷き詰められた木マクラギ(2024年3月)
- 片面ホームを島式に配置した駅構内(2024年3月)
- 駅名標(2024年10月)
停車列車
下地駅を挟む飯田線豊橋・豊川間では、日中普通列車は1時間あたり上下各3 - 4本設定されているが、下地駅と隣の船町駅に停車するのはそのうち上下各2本程度である。停車するのは豊橋・豊川間の区間運転列車が中心(例外もある)。快速列車(上りのみ設定)と特急「伊那路」は通過。
利用状況
「愛知県統計年鑑」および「豊橋市統計書」によれば、1950年度から2019年度までの1日平均の乗車人員は下の表の通りに推移している(2000年度から2010年度までは資料無し)。
1950年度の乗車人員は1日平均305人で300人を超えていたが、1952年度以降は300人を割っていた。1962年度からは再び300人を超え、その後増加し続けて1970・71年度には1日平均718人を記録する。これを頂点に以降減少に転じ、1986年度には再び300人を割り込み1日平均231人となった。次年度から増加に転じて1990年度に300人を超えるがこれを最後に300人を超えることなく推移し、1999年度には1日平均262人となった。2011年度には100人台に落ち込んでいる。
| 1日平均の乗車人員の推移 | ||
|---|---|---|
| 年度 | 乗車人員 | 出典(※) |
| 1950年度 | 305人 | 昭和27年度刊・327頁 |
| 1951年度 | 335人 | 28年度刊・311頁 |
| 1952年度 | 283人 | 29年度刊・330頁 |
| 1953年度 | 259人 | 30年度刊・306頁 |
| 1954年度 | 252人 | 31年度刊・304頁 |
| 1955年度 | 265人 | 32年度刊・320頁 |
| 1956年度 | 266人 | 33年度刊・336頁 |
| 1957年度 | 291人 | 34年度刊・380頁 |
| 1958年度 | 271人 | 35年度刊・293頁 |
| 1959年度 | 265人 | 36年度刊・261頁 |
| 1960年度 | 288人 | 37年度刊・325頁 |
| 1961年度 | 292人 | 38年度刊・297頁 |
| 1962年度 | 328人 | 39年度刊・299頁 |
| 1963年度 | 332人 | 40年度刊・263頁 |
| 1964年度 | 344人 | 41年度刊・239頁 |
| 1965年度 | 370人 | 42年度刊・263頁 |
| 1966年度 | 373人 | 43年度刊・193頁 |
| 1967年度 | 565人 | 44年度刊・197頁 |
| 1968年度 | 641人 | 45年度刊・205頁 |
| 1969年度 | 669人 | 46年度刊・229頁 |
| 1970年度 | 718人 | 47年度刊・237頁 |
| 1971年度 | 718人 | 48年度刊・217頁 |
| 1972年度 | 638人 | 49年度刊・215頁 |
| 1973年度 | 625人 | 50年度刊・221頁 |
| 1974年度 | 679人 | 51年度刊・225頁 |
| 1975年度 | 658人 | 52年度刊・217頁 |
| 1976年度 | 555人 | 53年度刊・231頁 |
| 1977年度 | 545人 | 54年度刊・233頁 |
| 1978年度 | 505人 | 55年度刊・221頁 |
| 1979年度 | 460人 | 56年度刊・227頁 |
| 1980年度 | 438人 | 57年度刊・239頁 |
| 1981年度 | 458人 | 58年度刊・223頁 |
| 1982年度 | 419人 | 59年度刊・223頁 |
| 1983年度 | 396人 | 60年度刊・241頁 |
| 1984年度 | 372人 | 61年度刊・235頁 |
| 1985年度 | 315人 | 62年度刊・223頁 |
| 1986年度 | 231人 | 63年度刊・223頁 |
| 1987年度 | 259人 | 平成元年度刊・225頁 |
| 1988年度 | 289人 | 2年度刊・223頁 |
| 1989年度 | 297人 | 3年度刊・225頁 |
| 1990年度 | 313人 | 4年度刊・229頁 |
| 1991年度 | 290人 | 5年度刊・221頁 |
| 1992年度 | 272人 | 6年度刊・221頁 |
| 1993年度 | 253人 | 7年度刊・239頁 |
| 1994年度 | 245人 | 8年度刊・241頁 |
| 1995年度 | 243人 | 9年度刊・243頁 |
| 1996年度 | 251人 | 10年度刊・241頁 |
| 1997年度 | 259人 | 11年度刊・241頁 |
| 1998年度 | 258人 | 12年度刊・239頁 |
| 1999年度 | 262人 | 13年度刊・240頁 |
| ・・・ | ||
| 2011年度 | 185人 | 26年度刊・114頁[15]。 |
| 2012年度 | 168人 | 〃 |
| 2013年度 | 167人 | 〃 |
| 2014年度 | 165人 | 27年度刊・114頁[16]。 |
| 2015年度 | 171人 | 28年度刊・114頁[17] |
| 2016年度 | 184人 | 29年度刊・122頁[18] |
| 2017年度 | 194人 | 令和2年度刊・118頁[19]。 |
| 2018年度 | 207人 | 〃 |
| 2019年度 | 223人 | 〃 |
| 2020年度 | 177人 | 令和7年度刊・116頁[20]。 |
| 2021年度 | 164人 | 〃 |
| 2022年度 | 164人 | 〃 |
| 2023年度 | 170人 | 〃 |
| 2024年度 | 175人 | 〃 |
| ※出典欄には数値掲載の同書刊行年とページ数を記載 1999年度までは愛知県統計年鑑による資料。 2011年度からは豊橋市統計書による資料。 | ||
駅周辺

- 豊川
- 愛知県道387号清須下地線
- 国道1号
- 豊橋市下五井地区体育館
- 豊橋市立津田小学校
